私の好きな人。
「お疲れ様」

唐突に、優しい中年男性の声が響いた。

「え……あ!坂本専務、お疲れ様です!」

坂崎さんと二人きりで、更に私が泣いているところを専務に見られるなんて……絶対にまずい!
私は涙を無理やり拭って立ち上がる。さすがの坂崎さんも一瞬顔を顰めた。

「亨君。中々似合ってるじゃないか」
「坂本さん……この会社社員教育どーなってんすか」
「やっぱり問題あったのか?」

呆れたように話す坂崎さんと専務。
その会話は私には意味が分からなく、そしてとても親し気だ。
……どういう事?

「女子社員が今しがたセクハラ受けてましたよ」
「そうか……」

ひげを湛えたお歳の専務はそう呟いてから、私に優しい笑顔を向けた。

「今井君。柳瀬君は非常に優秀なんだが…一部悪い噂があってね、真偽がわからなくて困っていたんだ。怖い想いをさせて悪かった。あとはこちらで処理するよ」
「え。え?」

事態が読みこめない私に専務は少し悪戯に微笑んだ。

「亨君はこんなだけど社長の息子でね。色々裏で会社に貢献してくれているんだよ。他言しないでくれよ?」

う……そ。坂崎さん……?
バカみたいに口をパクパクさせながら坂崎さんを見れば、彼は罰が悪そうに私から目を逸らした。
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