瞳をそらさないで
 仕事がひと段落した午後。
 部内の席には誰もついていなかったため、その内線ランプのついた受話器を、わたしは手に取った。

「はい。総務です」
『すみません。六階の営業部ですが、新製品のパンフレットをひと箱分、いただけますか』

 聞こえてきたその声に、わたしはどきりとする。
 低く響く、けれども華やかさを帯びた声は、――たぶん、彼だ。
 焦る気持ちを鎮めながら、素早く端末を操作して、パンフレットの在庫状況をチェックする。それから、つとめて事務的な声を意識して、返事をした。

「はい。在庫のほうは大丈夫です。すぐに営業部まで持っていきます」
『お願いします』

 短いやり取りのあと、わたしは急いで立ちあがる。
 廊下に出ると、エレベーターの前を足早に通過して、倉庫となっている突きあたりの部屋のドアを開けた。
 入口に近い壁に設置されているスイッチを押して、部屋の中の電気をつける。そして、ゆっくりと歩きながら、新製品のパンフレットを探した。

 あらゆる製品のパンフレットが所せましと置いてある部屋を進んでいき、真正面の一番奥に、目的のパンフレットの箱を確認する。
 近づき箱に手をかけて傾けたわたしは、すぐに諦めた。箱を、きっちりと元通りに戻す。

「――ちょっと重いな。台車を持ってきたほうがいいよね……」

 そうつぶやいたわたしは、入口のほうへ振り向いて。
 そして、そこに彼の姿を見つけた。
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