だから、キスして
だから、キスして
意を決して足音も荒く営業二課を目指す。こんな風にどうしても用事がない限り近寄りたくない。
見たくもない光景が目に入ることがあるからだ。
ほら、やっぱり今日も仲良しだし。
営業二課係長の本郷巧(ほんごうたくみ)と私のふたつ先輩で友人でもある海棠頼子(かいどうよりこ)は、見るたびに仲良くふざけ合っていたり楽しそうにしている。
ふたりは海棠さんが新人の時、本郷さんが教育担当だった縁で長いつきあいなのだ。
でも誰にも内緒だけど、今私は本郷さんとおつきあいをしている。ふたりの仲良しぶりに不愉快になる権利は十分あると思う。
私は本郷さんの後ろに立って、不機嫌さそのままにふたりの話に割って入った。
「お話中失礼します。本郷さん、いい加減に年末調整の書類を提出してください」
振り返った本郷さんは、のんきに笑いながら言い訳をする。
「おぅ、藤崎。この後、持って行こうと思ってたんだ」
「提出期限は昨日です。営業二課で提出してないの本郷さんだけですよ」
本郷さんの隣で、海棠さんが苦笑しながら私を労った。
「ごめんね、美佳ちゃん。ずぼらな上司が迷惑かけて」
「おい、すぼらってなんだ」
「だって期限過ぎてるんですから、ずぼらじゃないですか」
だから、そんな楽しそうな言い争い見たくないんだけど。
私はふたりのやりとりを見つめて、曖昧な笑みを浮かべる。
本郷さんはブツブツ言いながら自分の机に行き、引き出しから書類を取り出して私に差し出した。
なんだ、ちゃんと用意してたんじゃない。
「ほら。よろしく」
「確かに受け取りました」
任務完了と言わんばかりの満足げな彼の笑顔がしゃくに障る。
「あ、それから先週の出張旅費の精算書も今日中に提出してくださいね。でないと精算しませんよ」
「今日中!?」
悲痛な声を上げる彼を尻目に、私はそそくさと営業二課を後にした。
私が苛ついてること知ってるくせに、のんきに笑ってるのが腹立たしい。ちょっとくらい意地悪したってばちは当たらないでしょ。
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