だから、キスして
彼が海棠さんと仲良くしているのに、私が苛立ったり不安になったりするのは、彼の気持ちを信じきれずにいるからだ。
なにしろ私たちは、いわゆる体から始まった関係。
海棠さんに三年越しの想いをぶつけて、あえなく玉砕した本郷さんがやけ酒しているところに私は偶然出くわした。
話をしているうちに酒の勢いも手伝って、そんな雰囲気になってしまったのだ。誘ったのは私の方。
だってこんなチャンス二度とないと思ったんだもの。
私は本郷さんが東京支社から栄転して来たときからずっと、いいなって思ってた。体育会系のさっぱりした性格で面倒見もよく、気配り上手な彼を見つめているうちに「いいな」はそのうち「好き」に変わってた。
私は総務で本郷さんは営業。部署も離れているのでほとんど顔を見ることもない。海棠さんから本郷さんと一緒の飲み会に誘われたときは本当に嬉しかった。
だけどそこで気づいてしまった。本郷さんが海棠さんを想っていることを。
一緒にいた営業の新人男子と一緒にからかってみたけど、困っている海棠さんをさりげなくかばいながらさらりと躱す。そのさりげない気遣いに益々好きになった。
私は虎視眈々と狙って待ち伏せしていたのだ。海棠さんには好きな人がいて、本郷さんがそのうちふられることは知っていたから。
たとえ一夜限りでも、彼の腕に抱かれる幸せを味わいたい。そう思って彼を誘った。
まさか乗ってくるとは思わなかった。気配り上手の本郷さんは、私の気持ちに気づいていたのかも。
私に恥をかかせてはかわいそうだから乗ったのかも。
そう思ったから、本当に一夜限りだと思ったのに、彼は今後もまじめにつきあって欲しいと言った。
罪悪感なら持たなくていい。誘ったのは私なんだし。
そう言ったのに、彼は否定した。
だけどつきあい始めた今でも、私は彼を完全に信じられずにいる。
本郷さんは今でも海棠さんを好きなんじゃないだろうか。あんなに仲良しで気が合うふたりだから。