めぐりあい(仮)





「偉いわね」




突然そう言われ、


目を見開く。


こんな怖そうな先生が。





「普通は来れないわよ」





なぜかあたしを褒めている。





「父親は、分かってるの?」




「分かってます」




「言った?妊娠してるかもとか」




「言ってないです」




カルテに何やら書き込む先生は、


さっきとは違って優しい顔。





「これからどうするの?」




「え?」




「赤ちゃん。産むのか、産まないのか」





産むのか、産まないのか。


そうか。


お腹にいることが分かった今。


選択する他、手段はない。





「あなた1人の問題じゃないってこと、分かるわよね?」




「はい。でも、あの…」




どうしても言えない。


悠太郎を頼ることは、


絶対に出来ない。


だけど1人で育てる自信もない。





「大丈夫よ。お母さん」





先生にそう言われ、はっとした。


お母さん。


そうだ、あたしは、


赤ちゃんのお母さん。






「私が力になるわ。1人で抱え込むのは、1番よくない。分かるわね?」




「はい、先生…」





この先どうするか、なんて。


でも不思議と、


中絶なんて少しも望んでない。


それだけは確実なこと。





「まだ安定期まで長いから、十分に気を付けて」




「分かりました」




「次の検診日を後で言いますから。今日は帰ってゆっくりしなさい」





深々とお礼をし、


あたしは診察室を出た。


さっきまでイスに座っていることが


怖くて仕方なかったのに。


おかしいな、もう怖くなんかない。





「次は2週間後になりますので、母子手帳を持って来院くださいね」




「ありがとうございました」





母子手帳には、


あたしの名前が書かれていた。


赤ちゃんがいる証。


あたしはそれが嬉しくて、


すぐに鞄にしまえず持ったまま


外に出ることに。


スリッパを脱いでローファーに


足を滑らせる。





「赤ちゃん…」





お腹に手を当てる。


動きもしないし、何も分からない。


お腹も膨らんでないし、


目立つこともない。





「いるんだな……」





男の子かな。


女の子かもしれない。


無事生まれてくれたら、


どっちでもいいな。





「吉川」





ふと名前を呼ばれ足を止める。


この声は。





「あ、朝陽…」





すぐに分かった。


朝陽が心配そうに目の前にいる。


でも、何で…?





「お前…それって」




「…あ」




朝陽の視線に気付き、


あたしは慌てて母子手帳を


後ろに隠した。


だけど、時すでに遅し。





「子ども…出来たのか?」




「朝陽には…関係ないでしょ」




「関係なくねーよ!」





着いて来い。


朝陽はそう言うと、


あたしの手を引き歩き出した。


抵抗しても敵うはずがなく、


仕方なく着いて行く。


着いた場所は、


近くのファミレス。







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