めぐりあい(仮)
「じゃあお風呂入って来て」
買ってきた食材を蓮哉に運んでもらい、
あたしは台所に立つと、
まな板や包丁を取り出した。
「ね、あたしこの間、下着忘れてった気が…」
くるっと後ろを振り向いた。
この間、ここに泊まって帰った時、
持ってきたはずの下着が1組なくて、
必死に家中を探し回ったことがあって。
よくよく考えてみれば、
蓮哉の家に忘れたんじゃないかって
結論になって、探すのをやめた。
次泊まる時に使えばいいかって。
そう思って。
「…するんだけど、」
「あるよ」
さっきまで玄関にいたはずの蓮哉が。
なぜがあたしの真後ろにいて。
すごくすごく近い距離にいて。
「な、何…、」
「別に?」
不意だったからか、
あたしは恥ずかしくて赤面。
なのに、蓮哉は余裕綽々で。
「お風呂…行って来たら?」
「分かってる」
ドキドキしてる、心臓が、
今にも飛び出すんじゃないかって。
「風邪、引くよ…?」
「引かねーよ」
え、何、この距離。
まるで、これって。
「ちょっと、蓮哉」
キスをする距離じゃないか。
「あたしのこと、好きなの?」
慌てながらそう聞いてやった。
きっとそう聞けば、
ばかじゃねーの、とか言って、
毒づかれるんだ。
冗談でからかって、
へこんでるあたしを元気に
しようとしてくれるだけ。
だと思ったのに。
「そうかもしれねーな」
なんて、まじめな顔で返すもんだから。
へっ…、なんて間抜けな声を出して、
あたしは腰を抜かしてしまった。
恥ずかしくも、床にへなへなと
座り込むあたし。
「風呂、一緒に入るか」
「は、何言って…」
「俺は大歓迎ですけど?」
「じょ、冗談はいいから、早くっ…」
いっぱいっぱいのあたしを見て。
蓮哉は少し鼻で笑い、
ごめんと頭を撫でて脱衣所に
向かって行った。
「…何、今の…」
してやられた感が半端ない。
未だにドキドキが止まらなくて、
何も手に付かない。
「ご、ご飯炊かないとっ…」
お米を炊飯器に入れ、
シャカシャカ研いでいく。
顔は鏡を見なくても真っ赤なのは確実。
冷房の効いた部屋で、
1人変な汗をかくあたし。
きっと、さっきのは、蓮哉の
気まぐれで、
からかって楽しんで、
心の中ではばかにしてるんだ。
きっと、そうだ。
そう考えながら、
必死に料理に取り組んだ。
「まだ出来てねーの?遅っせ」
「もうちょっとだって」
脱衣所から出て来た蓮哉は、
嘘のように普通に戻っていた。
上半身裸の彼に、
早く服を着ろと命令。
誰に向かって物を言ってんだ、と、
低い低い声で言われた。
「どう?食べられるでしょ?」
「妃名のくせに、生意気だな」
とかなんとか言いながら、
手を休めることなく、
パクパク食べている。
それを見て、嬉しくなって、
一緒に食べていく。
「次は何作ろっかなぁ」
「次のこと考えんの、早くね?」
「だって楽しいんだもん、料理のこと考えるの」
他愛ない話をしながら、
楽しくご飯を食べた。
そういえば、今日初めて
ご飯を食べるなって思ったら、
なおさら美味しく感じた。