恋のキッカケ
「高木、なにしてるんだ?」
「安田! シッ」

 私の背後に現れた安田に向かって、口の前で人差し指を立てた。

「なんだよ、一体。あ、あれって、営業の秋山とデザインの広瀬だろ。なるほどね」

 安田は私を盾にして、中の様子を見ながら言った。私も釣られて、また二人を見てしまった。

「で、高木は覗きか?」

 顔を後ろに向けて「違うわよ。コーヒー買いに来たら、あれで」と訂正をする。

「別に隠すなよ。思わず覗いちゃいましたって言っていいぞ。この状況なら誰でも覗くだろ」
「だから違うってば」
 急に「あ」と安田が言った。
「え?」

 思わず二人を見ると、キスの真っ最中だった。いい大人である男と女が至近距離で見つめあえばそうなるよね。

「ほら、安田、行くよ」

 体を反転させて、安田の方を向いた。

「あ、同じ」

 安田がこっちをじっと見つめてくる。なにを言っているのか分からない。なにが同じ? 安田の顔を見てもなにも言わない。なんだっていいやと思い、もたれていた壁から体を離したとき、顔のすぐ横に大きな手が現れた。そして反対側は、もともと手をついていたらし。包囲され、逃げられない。つまり秋山さん達と同じだ。

「えっと、この手を退かしてもらえないかな」
「無理」

 いつもは飄々とした顔でいるのに、今は熱い視線を感じる。それに耐えきれなくなって、視線を外そうとした時だった。急に安田の顔が近づいてきた。ぎゅっと硬く目を閉じる。すると、額に柔らかくて温かいものが触れた。少し目を開けると、安田ののど仏とパーカーの襟ぐりが、すぐ目の前にあった。

 唇が離れると、ものすごく優しい顔で私の頭を雑に撫でた。

「帰るか。あっちが出てくる前に」
「あっ、うん」

 秋山さん達はずっとキスを続けているらしく、唇と唇だけが出せる独特な音が聞こえてきた。
< 5 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop