恋のキッカケ
「ちょっと、どこに連れていく気よ」
「高木の家。送るよ。俺とお前、最寄駅一緒だろ。駅近くになったらナビして」
「うん、ありがとう」

 それから安田はなにも言わなかった。私もなにを言えばいいか分からず、無言でいた。

「あのさ、言っとくけど、好きな女以外の相手に、でこだろうが、口だろうが、キスなんてしないから」
「そうですか」

 信号で停まると、安田が笑い始めた。

「なに笑ってるのよ」
「今、すごく照れてるだろ」
「うるさいな」
「高木って、本当に可愛い反応するよな。いじると本当におもしろい」

 もしかして、私の反応が面白くて、いつもからかっていたのか? 小学生じゃん、その発想。

「それにしてもさっきの顔は良かったな。目が泳いじゃって」
「さっきって、どれよ」
「休憩室での。またやってもいい、壁ドン?」

 男の安田がなんで"壁ドン"なんて言葉を知っているんだ。その上、あれをちゃんと壁ドンと認識してるし。

「なんでそんな言葉知ってるのよ」
「普通知ってるだろ。今度、壁ドンして、次に床ドン、そこから顎クイしてあげようか?」
「なんでそんなに詳しいの? あのさ、ユカドンってなに?」
「人のあだ名みたいに言わないでくれるか。床ドンだから。今度、実践してあげるし」
「いや、だからなんでそんなに詳しいの?」

 安田は前を向いたまま「この前、壁ドンイベントのポスター、デザインしたから」と言った。

 横目でチラッと見れば、嬉しそうな顔をしている。なにを考えているんだか。

 今日は一体なんなのよ。仕事は増える、人のキスを見てしまう、自分もキスされる、なんとなく告白される、いろいろとあり過ぎ。
 頭がパンクしそうになっていると、急に昼の仲村ちゃんの言葉を思い出した。

"いつか起こるかもしれない夢のような時間が来ても、気づかずに素通りしちゃいますよ"

 本当だ、夢みたいなことが起きた、この私に。折角だから、掴んでみるか。

「ねえ、安田。今度、デートでもする?」
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