【壁ドン企画】簡単にはいかない
「え、コウいないんですか?」

玄関を開けてくれたのは『加藤辰巳』だった。

まさか2度も会うことになるとは。

「すみません、もうちょっとで帰ってくると思うんですけど。あの、何もしないんで中で待っててください」

居心地悪そうにしているのは、私だけでなく、『たっつん』も視線を泳がせている。

手厳しい質問を投げてきた『加藤辰巳』のイメージからは程遠かった。

シンプルな黒のエプロンをYシャツの上から着ているのがなんともアンバランス。

リビングに通された私は、コーヒーやお菓子を出され、『たっつん』にいそいそと世話を焼かれる。

「あの、ホントにお構いなく」

「コウに呼ばれたんでしょう。待たせてすみません」

心底申し訳なさそうにする『たっつん』を見ていると、お母さんか奥さんがいるならこんな感じかなぁと思って、少し笑ってしまう。

「なんか、こちらこそ急にすみません。今から忘れ物取りに来いって言われてホイホイ来ちゃって」

「え、コウに会いにきたんじゃないんですか?あいつまた・・・ちょっと待っててください」

眉をしかめて、携帯を片手にたっつんはキッチンに移動する。

「おい、コウ今どこだ。・・・はぁ?『なっちゃん』来てるぞ。・・・うん。信じらんねぇ。アホか。どこだよ」

たっつんの声しか聞こえないが、どうせコウが悪いのだろう。

キッチンから携帯を耳に当てたまま、たっつんは奥の部屋を移動すると、何を話しているか聞こえなくなる。

「ふざけんなよ、タコ!今度『なっちゃん』に会ったらきっちり謝れよ!」

大きな声と閉まるドアの音が届くと、『たっつん』は赤くなった難しい顔で少し一人分離れた隣に正座して小さなボタンを掲げるように差し出してくる。

なんの変哲もない白いボタン。

どこについていたかわからないようなもの。

「『なっちゃん』さんの物だとコウが言い張るんですが・・・覚えあります?」

これを私のもだと言い張るコウの思考についていけない。

「違うかもしれないですけど。一応預かっていきます」

彼も振り回されているのだろう。

後頭部が見えるほど頭を下げている『たっつん』の頭を上げさせてボタンを受け取る。

じゃあこれで、と腰を上げたところで、両手のひらをそろえてこちらに向け、顔が隠れているまま『たっつん』さんに止められる。

「あの、ちょっと待ってください。遅い時間だし、大変勝手なのは承知の上でお願いです」

「はあ」

「こんな形でお誘いするのは卑怯かもしれませんけど、仕事と関係なく、絶対影響ださないので、もしご飯まだでしたら、ついでに晩飯、一緒に食べてくれませんか。コウのやつ、ご飯食べて帰ってくるって。もう2人分作っちゃってたんですよ」

思ってもみないお誘いに、すとんと元の場所に腰を下ろす。

律儀な性格なのだろう、仕事のこととは別で、と言ってくれるのも好感が持てた。ましてや、仕事でのイメージとはかけ離れている。

「えっと、その。じゃあ、お言葉に甘えて」

味噌汁の件といい、『たっつん』は料理が上手かった。

好きなのだと言う。

楽しく食事も食べられたし、仕事ではちょっと嫌な相手だけれど的確な意見だったし、一緒にいて心地いいと思った。

「ご馳走様でした。次は一緒にコウをぶちのめしましょう」

「なっちゃんはコウのことに関しては容赦ないですね」

お互い「さん付けはなしで」という話になった。まだぎこちないけれど、最初から『なっちゃん』と『たっつん』だと昔からの知り合いみたいでくすぐったい。

たっつんが苦笑いをしながらが、ジャケットを羽織って玄関に一緒についてくる。

「遅くなったし、駅まで送りますよ」

さも当たり前に言われて、言葉に詰まる。いや、今まで付き合った彼でも、そんな紳士がいなかった。お前なら夜道で襲われることもないだろうし、撃退できるだろうとかは言われたことがあるくらいだ。

「あの、大丈夫です。帰れますから」

押しかけた上、ご飯までご馳走になって、さらに手を煩わせるなんて申し訳なかった。

「コウのやつが悪いんで。あ、彼氏に怒られます?」

「いえ、彼氏はいないですけど、お時間取らせて迷惑になりますから。勝手に押しかけたのはこちらですし」

「俺が送りたいといっても?買い物のついでなんで」

やんわりと逃げ場をふさがれて結局、了承する。

こういうところは、仕事で見た『加藤辰巳』だ。

改めて玄関の取っ手に手を伸ばすと、それよりも早く彼が取っ手を握る。

ふわりと近づいた記憶にある匂いにピンときた。

寝かされたベッドは『たっつん』のベッドだ。

いまさらながら気づいて、鼓動がうるさくなる。

「あの」

取っ手に手を掛けたまま、玄関を開けない彼を見上げると、思ったより近い位置に顔があって息を飲む。

「コウと関係なく、また俺と会ってもらえませんか?」

真っ直ぐにこちらを覗き込む目の強さに、顔がどんどん熱くなる。

プレゼンの時と同じだ。口調は優しい。

けど、確実に退路を断って行く。

「イヤだったら、抵抗してください」

トン、と頭の横に手を置かれる。

こんな王道に王子様みたいな人がいるの?!

ぎゅっと目を閉じて、流されないように声を絞り出す。

「い、イヤじゃないけど、心の準備がまだです!何もしないって約束しました」

「わかりました、何もしません。今日は」

あっさり近すぎる距離が離されて、緊張を解く。

「でも、次来たら、キスします。そのつもりで来てください。どうですか?」

強気発言に顔を上げる。選択肢はまだこちらに残してくれている。

「次の休みに、さっき話した高級ビーフシチュー作るんで、どうですか?」

相手の好意はわかるけれど、告白させられている気がする。

心の準備に一週間。

胃袋は掴まれた。

そして、好意の気持ちもある。

「よ、よろしくお願いします」

他に言う言葉が見つからず、観念して言葉を紡ぐ。

「ある意味、コウに感謝しなきゃいけないかな」

たっつんは当然のように私の手を取って玄関を開ける。

「次会ったときに殴る力を弱めにしてやろうと思います」

「殴るのは変わんないんだ」

こんな乱暴な女でも、ちゃんと女性扱いしてくれるたっつんの手を握り返した。
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