最後の日
 満員の為かそれ以上はどこのフロアにも停まる事がなかった。高層エレベーターがベルの音を鳴らして一階へと到着する。ゆっくりドアが開いて人が外へと吐き出された。

「やっと……」

 多分相澤は「着いた」と言いたかったのだと思う。
 背中にかかる圧力が軽くなった瞬間に彼は踵を下ろし、私は俯いていた顔を上げた。それが不味かった。

「!!」

 目の前に相澤の顔。ぶつかると思った時にはもう遅かった。
 ギリギリで僅かにお互いの顔を反らしたのに、ぶつかる代わりに唇と唇が一瞬掠めてしまった。

「……」

 お互い無言のまま口元を押さえ、一番最後にエレベーターを出る。花束は潰れる事なく無事だった。

「……なんか、悪い」

 ロビーに置いてある観葉植物の影で一度紙袋を下ろした相澤がポツリと謝った。その頬が微かに赤い。多分私も。

「や、相澤が悪いわけじゃなくて事故だし」
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