本当は怖い愛とロマンス
手首の包帯
スタジオを出た俺は、急いで、大通りに出ると、一台のタクシーを拾う。

「麻布に行ってくれ。」

ミラー越しに俺の姿をチラチラ見ながら、俺が誰だか気づいたのか、タクシーの運転手が、やけにニヤニヤして、話しかけるチャンスをうかがっているようだった。

いつもの事だ。

俺は、腕を組んで、疲れたように窓の外を見て、寝た振りをしながら、話しかけるタイミングとやらをわざと消してやった。

すると、運転手は、案の定、俺に話しかけてくるタイミングを失ったのか、ニヤニヤする事もなくなった。

30分後、車は目的地に着くと、脇道にそれ、停車した。

「2545円です。」

運転手は、料金メーターを確認すると、後ろを振り向いた。

俺は、ズボンのポケットから財布を取り出す。

その間、ここがタイミングだと言わんばかりに、運転手が喋り始めた。

「やっぱり、あんた、歌手の本木佳祐さん?乗ってきた時、そうじゃないかなって思ってたんだよ。いつも、仕事中、客いない時に、あんたの歌、聞いてるよ。」

俺は、愛想笑いをしながら、一万円札を一枚取り出して、良い気分で話を続ける運転手に渡した。

「それは、どうもありがとうございます。」

運転手は、釣り銭が入った透明の箱に手を伸ばすと、笑顔で話しを続けた。

「やっぱり、あんな良い歌作ろうと思ったら、時間かかるんじゃない?」

大抵、急いでる時に限って、気づかれた瞬間は、こっちの都合も考えずに話し込んでくるパターンが多い。

そして、大してファンでもないのに、サインなんかも求められて、ペンを探すのにも戸惑ったりする。

俺は、腕時計の時間を見ると、釣り銭の金と札を数えている運転手に言った。

「釣りはいいですから、とっといてください。それで、コーヒーでも後で飲んでください。」

釣りを渡そうとしていた運転手は、笑顔で、俺が降りた事を確認すると、タクシーのドアを閉めて、車を発車させた。

急いで走って店に行く途中に、思い出した。
誕生日プレゼントが何もない。
どやされたら、厄介だ。
俺は、誕生日プレゼントを買おうと、一軒の近くの花屋に入った。

「いらっしゃいませ。」

店に入るや否や、俺は、適当に目の前にあって目に付いた薔薇の花を1人の女の店員に指差した。

「この薔薇を35本、直ぐに包んでくれる?急いでるんで、早めにお願いできるかな。」

「わかりました。直ぐに用意しますんで、少々お待ちください。」

そう言われて、しばらく待っていた。

だが、なかなか、さっきの店員はあのまま出てこず、数分後、俺は、腕をめくり、時計を確認した。


もう、あれから20分ほど、たっていた。

さすがに、遅いと思ってイライラしていると、店の奥でさっきの店員が、何やら、誰かと揉めている怒鳴り声が聞こえてくる。

「そんなんで、お店に出るっていうの?何にもないなら、それ外してくれない?」

店の奥に近づいて見ると、さっきの女の店員の背中越しにもう1人人影が見えた。
身体をズラして、もう1人の店員の姿を確認する。

そこにいたのは、昼間カフェであった渚だったのだ。
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