本当は怖い愛とロマンス
俺は、渚だと気付いた瞬間、昼間泣かした負い目もあり、気まずくて、咄嗟に目をそらし、バレないように下を向いた。


しばらくすると、店の奥にいた渚は、大きな薔薇の花束を抱えて近づいてくる。

「お待たせしました。」

俺は下を向いたまま、そのまま薔薇を受気取ろうとした時、「どうも」とつい、いつものくせで、声を出してしまった。

やばい。俺ってばれた…

そう思って、顔を上げた俺の目に飛びこんできたのは、腕の手首に包帯を巻いた渚の姿だった。

その包帯がやけに痛々しかった。

さっき揉めていた時、女の店員が邪魔で顔しか見えていなかったが、このせいで、揉めていて、時間がやけにかかっていたのだ。

すると、俺の用意していた言い訳も全てきえ、俺だと気付いた渚も、さっきまでの笑顔は消えていた。

「どうしたんだよ?その怪我。」

怪我をしたのを見た時、俺は、渚が質問に答えるまで、またあの昼間の別れようとした男とあれから喧嘩して、喧嘩がヒートアップして怪我したんじゃないかと思って、心配して、声も心なしか張り上げていたように思う。
すると、渚は、そんな俺に満面の笑顔で答えた。

「さっき、マンションの階段で、バランス崩して転んだ時、軽く腕をどこかにぶつけちゃったみたいで…青あざとか見られるの恥ずかしいから包帯を。」

その時の渚の言葉と笑顔で、俺は、ほっとした。

「大丈夫なの?あのさ、包帯巻いてたら、大それた怪我に見えるから外した方がいいんじゃない?さっきも怒られてたじゃん。」

「でも、いつもの事ですから。包帯巻いてたら、同情もかえて、お客さん、いつもより花を余分に買ってくれるんです。」

そういった渚の言葉は、やけに引っかかる言葉だった。

いつもの事?
いつも怪我なんてするのか…

俺は、そんな事を考えながら、渚の後ろにかかっていた時計の時間を見て、慌てた。

完璧に遅刻だ。

店を慌てて、出て行こうとした俺を渚が、大声で引き止めた。

「あの、本木さん!薔薇忘れてますよ!」

その声に振り返ると、薔薇を抱えた渚が俺に薔薇を差し出していた。


「それ、お前にやるよ。昼間泣かしちゃったから。その罪滅ぼしに。何の関係もない他人の俺が、でしゃばって、口出しして悪かったよ。」

そういって俺は、渚に笑いかけた後、全速力で孝之の店に走った。

その時は、誕生日プレゼントの事なんて、完全に吹っ飛んでいた。
だから、もう一度偶然会えた渚に男としてかっこいいところをみせたくて、薔薇を渡したのかもしれない。

店を出て、走っている途中、俺は、渚の喜ぶ顔を想像して、一人でにやけたりしていた。
でも、後から考えると、俺は、渚との話に気をとられて、薔薇の代金を払ってなかった。
変に、ギザぶって渡した薔薇が、逆にカッコ悪い結果になった。
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