本当は怖い愛とロマンス
二人の渚
「いい加減にしてください!」
朝の7時から鳴り響いた携帯電話の音で起こされた俺は、携帯電話を耳に当てて、ベッドの中で、いつもの聞き飽きた中田の怒鳴り声に生返事をしながら、話を聞いていた。
「本当、お前は、毎日、毎日、何なんだよ。マネージャーは、俺のオフの日まで、睡眠奪う権利でもあんのか?」
「僕だってね、好きで、こんな事やってるわけじゃないんですから。昨日も本木さんいなくなった後、大変だったんですよ!打ち合わせに本木さんがいない事で、スタッフには僕が怒られるし、それに昨日の夜、事務所に、麻布にある花屋から本木さんが薔薇の代金払ってないって電話まで来たんですから!」
「花屋?なんだよ?それ。」
「僕は知りませんよ。どうせ女の子にあげるつもりで、プレゼントか何かで、その花屋で、昨日、花でも買ったんでしょ?」
俺は、中田の言葉に一気に目が醒めて、ベッドから飛び起きる。
昨日の花屋の一件を思い出し、薔薇の代金を支払っていなかった事に気付いたのだ。
「とにかく、今日は、本木さんは、オフなんですから、ちゃんと、花屋に代金支払いに自分で行ってくださいよ。言っときますけど、僕は、オフの日まで、本木さんの尻拭いするのはごめんですから。今日くらい、自分の事くらい自分でやってくださいね。」
言いたい要件だけ一方的に伝えると、中田からの電話は切れた。
酒のせいで、少し目覚めも悪く、未だに眠気も取れていないせいか、いつものように、すぐ活動する意欲が湧かない。
それに、せっかくの休みに、ゆっくり寝れずに、モーニングコールが、よりによって、美人な女でもなけりゃ、中田の声なんて、最悪だ。
俺は、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出すと、コップ一杯の水を入れて、一気に飲み干した。
そして、服を急いで着替えると、久しぶりに自分の愛車にエンジンをかけた。
昨日の花屋の近くの駐車場に車を停めると、薔薇の代金を支払う為に昨日の花屋を訪ねた。
しかし、店の奥から出てきたのは、渚ではなく、昨日最初に接客された女の店員が笑顔で俺の前に現れた。
ポケットに入っていた財布を取り出し、代金を手渡すと、用件は済んだとばかりにささっと店の奥に入っていく女の店員を呼び止めた。
「あの、すいません。昨日、手首に包帯巻いて怪我してた女の子は、今日休みなんですか?」
「あー原田さんですか?原田さんなら昨日で辞めましたよ。急に今日、朝、電話がかかってきて、辞めたいって。知り合いの方か何かだったんですか?」
その後、店から出た後も渚が店を辞めた事が、無性に気になっていた。
あまのじゃくという言葉は、こういう時に使うのだろうか。
相手が、いざ、いると思って、身構えて会いにきていた気持ちが思いもよらない事で裏切られると、力も抜けて、逆に、なんで居ないんだと怒りにも似た自分勝手な想いにがらりと変わっている事に気付く。
それに、俺に会った次の日に店を辞めるだなんて、偶然なのだろうが、それとも変な遠回しのあからさまな俺が泣かした事への彼女なりの仕返しにも見えてしまった。
そして、俺には、もう、彼女に会うという未来が永遠に途絶えてしまったという事を知る。
そう解ると、俺は、あからさまに落胆している自分に気付く。
このぶつける場所をなくした悶々とした気持ちを忘れるために、俺は、孝之の店に遊びに行く事を思いついた。
まだ、店は開店前だが、いつも朝から孝之が、店の中でカクテルの勉強や春から昼間はカフェにする予定らしく、ランチメニューとして、店で出そうと言っていたフードメニューの仕込みをしている事を前に聞いていた事もあり、俺は、携帯で連絡も入れずに、突然、孝之の店を訪ねて行った。
ドアを開けると、薄暗い照明の中でカウンターに一人座って、黒ぶちの眼鏡をかけながら、いつになく真剣に料理本と睨み合う孝之の姿を見つけた。
「孝之!」
俺が声をかけると、顔を上げた孝之は、いつもの優しい笑顔で俺に笑いかけた。
「どうしたんだよ?急に。店にくるなら、連絡くれたら良かったのに、昼飯くらい作ってやったのによ。」
「いや、急に孝之の店の近くに行く用事が出来たからさ、ついでに、寄ったんだよ。今日は、久しぶりの休みで、予定もなくてさ、何するか考えてたとこ。」
「奇遇だな。俺もだよ。」
こうして何気ない会話をしていると、昨日の孝之との出来事がきっと、俺の思い過ごしだったんだと思えた。
すると、突然、孝之との会話の途中で俺の携帯が鳴り響く。
「ちょっと…ごめん。」
孝之に笑って平謝りしながら、電話に出ると、以前、ある音楽番組の撮影の現場のプロデューサーにあった打ち合わせの席で、紹介されたAV監督の西岡だった。
男なら誰でも一度は目にするだろうAVのの話で妙にその場で盛り上がり、プロデューサーが西岡を呼び出したのだ。
西岡は、俺より10歳も年上だったが、俺が良く聞いていた音楽の趣味も一緒で、実は、同じ共通の知り合いもいた事もあり、波長が合い、連絡先まで交換したのだった。
「本木君、今から昼飯でもどうかな?」
西岡の声は、いつもより焦っているようだった。
「西岡さん、どうかしたんですか?」
「実は、今から、知り合いが連れてきた新人の女の子向かわせるから、面接してくれっていわれて、今、約束の場所に向かってるんだけど、俺が、大がつくほど、女の子を苦手なの知ってるでしょ?」
西岡は、男なら羨ましい限りの職業を持ち合わせて居ながら、女に興味がない。
つまり、性の対象が男なのだ。
だから、西岡の撮る作品には、男と女の官能心を擽る絶妙な配分が出来ていて、西岡の作品だけは、女も観るというのだから驚きだ。
西岡がデビューした作品で、今まで、男性しか需要がなかったAVに、男性の欲求を満たすようなストーリー要素を大幅に変え、現実にあるようなリアリティにこだわった感動出来るストーリー要素を加えた事で、如何わしいだけという偏見要因が極端に減り、映画感覚で見るカップルが急増した。
しかし、売れっ子になり評価されると同時に、仕事も増えて、西岡の女嫌いは、何故か加速。
仕事では、カメラを持たせると監督の顔になり、女の子と接する事には、抵抗もないようなのだが、いざ、カメラがなくなると、今では、女が西岡の横に座るだけで、発作のように蕁麻疹が出て、痒くて堪らず、会話どころじゃなくなるらしい。
だから、いつも、横にアシスタントの宮田君という西岡さん好みの男の子を代わりに、面接に一緒に行かせていたはずだった。
「本木君、頼むよ。実は、今日、宮田君が風邪で休んじゃってさ、来れないの。だから、俺が一人で行く事になっちゃって。一緒にいるだけでいいから、面接付き合ってくれないかな?」
「いや、一応、俺、これでもミュージシャンなんですよ。もちろん、俺としては、行ってあげたいのは山々なんですけど、こんな事知れたら、マネージャーがうるさいんですよ。それに、今、麻布にいて、友達の店に来たばかりなんで、今回は、他当たってくださいよ。」
俺が電話を切ろうと、終了ボタンに手をかけようとすると、西岡が大声が耳に鳴り響く。
「待って!麻布?本木君、麻布にいるの?」
「ええ。」
「そうなんだ。なんていう店?」
俺は、カウンターに置いてあった店のマッチを手にとる。
「英語でLittle Mermaidっていう名前ですけど…」
「了解。俺の方から、先方にお願いして、本木君がいる店に面接の場所、変更しとくから。直ぐに向かうよ。」
「ちょっと、西岡さん、困りますよ。今日、店、休みなんですから…」
そう言った時には、すでに電話が切れていた。
一部始終、俺の電話を聞いていた孝之は、鍋で俺に食べて欲しいという料理の試作品のカレーを作っていたのだが、変な事に巻き込んで申し訳なく思った俺は、西岡に電話をかけて、場所を変えてもらおうと、黙って、店を出ようとした。
「佳祐、待てよ。休みだけど、別に俺は良いよ。どうせ、試作品のカレー作ってるだけだし、別に、邪魔にならない程度なら、構わないからさ。」
「本当にいいのか?」
「何度も聞くなよ。その代わり、ちょっとくらい、手伝えよ。」
孝之は、棚から、アルバイトの子が使っているエプロンを手に取り、俺に向かって投げた。
「解ったよ。」
そう言った後、孝之の横で、俺がエプロン姿で、作業を一緒にした。
その空気と時間は、子供の頃に戻ったみたいだった。
朝の7時から鳴り響いた携帯電話の音で起こされた俺は、携帯電話を耳に当てて、ベッドの中で、いつもの聞き飽きた中田の怒鳴り声に生返事をしながら、話を聞いていた。
「本当、お前は、毎日、毎日、何なんだよ。マネージャーは、俺のオフの日まで、睡眠奪う権利でもあんのか?」
「僕だってね、好きで、こんな事やってるわけじゃないんですから。昨日も本木さんいなくなった後、大変だったんですよ!打ち合わせに本木さんがいない事で、スタッフには僕が怒られるし、それに昨日の夜、事務所に、麻布にある花屋から本木さんが薔薇の代金払ってないって電話まで来たんですから!」
「花屋?なんだよ?それ。」
「僕は知りませんよ。どうせ女の子にあげるつもりで、プレゼントか何かで、その花屋で、昨日、花でも買ったんでしょ?」
俺は、中田の言葉に一気に目が醒めて、ベッドから飛び起きる。
昨日の花屋の一件を思い出し、薔薇の代金を支払っていなかった事に気付いたのだ。
「とにかく、今日は、本木さんは、オフなんですから、ちゃんと、花屋に代金支払いに自分で行ってくださいよ。言っときますけど、僕は、オフの日まで、本木さんの尻拭いするのはごめんですから。今日くらい、自分の事くらい自分でやってくださいね。」
言いたい要件だけ一方的に伝えると、中田からの電話は切れた。
酒のせいで、少し目覚めも悪く、未だに眠気も取れていないせいか、いつものように、すぐ活動する意欲が湧かない。
それに、せっかくの休みに、ゆっくり寝れずに、モーニングコールが、よりによって、美人な女でもなけりゃ、中田の声なんて、最悪だ。
俺は、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出すと、コップ一杯の水を入れて、一気に飲み干した。
そして、服を急いで着替えると、久しぶりに自分の愛車にエンジンをかけた。
昨日の花屋の近くの駐車場に車を停めると、薔薇の代金を支払う為に昨日の花屋を訪ねた。
しかし、店の奥から出てきたのは、渚ではなく、昨日最初に接客された女の店員が笑顔で俺の前に現れた。
ポケットに入っていた財布を取り出し、代金を手渡すと、用件は済んだとばかりにささっと店の奥に入っていく女の店員を呼び止めた。
「あの、すいません。昨日、手首に包帯巻いて怪我してた女の子は、今日休みなんですか?」
「あー原田さんですか?原田さんなら昨日で辞めましたよ。急に今日、朝、電話がかかってきて、辞めたいって。知り合いの方か何かだったんですか?」
その後、店から出た後も渚が店を辞めた事が、無性に気になっていた。
あまのじゃくという言葉は、こういう時に使うのだろうか。
相手が、いざ、いると思って、身構えて会いにきていた気持ちが思いもよらない事で裏切られると、力も抜けて、逆に、なんで居ないんだと怒りにも似た自分勝手な想いにがらりと変わっている事に気付く。
それに、俺に会った次の日に店を辞めるだなんて、偶然なのだろうが、それとも変な遠回しのあからさまな俺が泣かした事への彼女なりの仕返しにも見えてしまった。
そして、俺には、もう、彼女に会うという未来が永遠に途絶えてしまったという事を知る。
そう解ると、俺は、あからさまに落胆している自分に気付く。
このぶつける場所をなくした悶々とした気持ちを忘れるために、俺は、孝之の店に遊びに行く事を思いついた。
まだ、店は開店前だが、いつも朝から孝之が、店の中でカクテルの勉強や春から昼間はカフェにする予定らしく、ランチメニューとして、店で出そうと言っていたフードメニューの仕込みをしている事を前に聞いていた事もあり、俺は、携帯で連絡も入れずに、突然、孝之の店を訪ねて行った。
ドアを開けると、薄暗い照明の中でカウンターに一人座って、黒ぶちの眼鏡をかけながら、いつになく真剣に料理本と睨み合う孝之の姿を見つけた。
「孝之!」
俺が声をかけると、顔を上げた孝之は、いつもの優しい笑顔で俺に笑いかけた。
「どうしたんだよ?急に。店にくるなら、連絡くれたら良かったのに、昼飯くらい作ってやったのによ。」
「いや、急に孝之の店の近くに行く用事が出来たからさ、ついでに、寄ったんだよ。今日は、久しぶりの休みで、予定もなくてさ、何するか考えてたとこ。」
「奇遇だな。俺もだよ。」
こうして何気ない会話をしていると、昨日の孝之との出来事がきっと、俺の思い過ごしだったんだと思えた。
すると、突然、孝之との会話の途中で俺の携帯が鳴り響く。
「ちょっと…ごめん。」
孝之に笑って平謝りしながら、電話に出ると、以前、ある音楽番組の撮影の現場のプロデューサーにあった打ち合わせの席で、紹介されたAV監督の西岡だった。
男なら誰でも一度は目にするだろうAVのの話で妙にその場で盛り上がり、プロデューサーが西岡を呼び出したのだ。
西岡は、俺より10歳も年上だったが、俺が良く聞いていた音楽の趣味も一緒で、実は、同じ共通の知り合いもいた事もあり、波長が合い、連絡先まで交換したのだった。
「本木君、今から昼飯でもどうかな?」
西岡の声は、いつもより焦っているようだった。
「西岡さん、どうかしたんですか?」
「実は、今から、知り合いが連れてきた新人の女の子向かわせるから、面接してくれっていわれて、今、約束の場所に向かってるんだけど、俺が、大がつくほど、女の子を苦手なの知ってるでしょ?」
西岡は、男なら羨ましい限りの職業を持ち合わせて居ながら、女に興味がない。
つまり、性の対象が男なのだ。
だから、西岡の撮る作品には、男と女の官能心を擽る絶妙な配分が出来ていて、西岡の作品だけは、女も観るというのだから驚きだ。
西岡がデビューした作品で、今まで、男性しか需要がなかったAVに、男性の欲求を満たすようなストーリー要素を大幅に変え、現実にあるようなリアリティにこだわった感動出来るストーリー要素を加えた事で、如何わしいだけという偏見要因が極端に減り、映画感覚で見るカップルが急増した。
しかし、売れっ子になり評価されると同時に、仕事も増えて、西岡の女嫌いは、何故か加速。
仕事では、カメラを持たせると監督の顔になり、女の子と接する事には、抵抗もないようなのだが、いざ、カメラがなくなると、今では、女が西岡の横に座るだけで、発作のように蕁麻疹が出て、痒くて堪らず、会話どころじゃなくなるらしい。
だから、いつも、横にアシスタントの宮田君という西岡さん好みの男の子を代わりに、面接に一緒に行かせていたはずだった。
「本木君、頼むよ。実は、今日、宮田君が風邪で休んじゃってさ、来れないの。だから、俺が一人で行く事になっちゃって。一緒にいるだけでいいから、面接付き合ってくれないかな?」
「いや、一応、俺、これでもミュージシャンなんですよ。もちろん、俺としては、行ってあげたいのは山々なんですけど、こんな事知れたら、マネージャーがうるさいんですよ。それに、今、麻布にいて、友達の店に来たばかりなんで、今回は、他当たってくださいよ。」
俺が電話を切ろうと、終了ボタンに手をかけようとすると、西岡が大声が耳に鳴り響く。
「待って!麻布?本木君、麻布にいるの?」
「ええ。」
「そうなんだ。なんていう店?」
俺は、カウンターに置いてあった店のマッチを手にとる。
「英語でLittle Mermaidっていう名前ですけど…」
「了解。俺の方から、先方にお願いして、本木君がいる店に面接の場所、変更しとくから。直ぐに向かうよ。」
「ちょっと、西岡さん、困りますよ。今日、店、休みなんですから…」
そう言った時には、すでに電話が切れていた。
一部始終、俺の電話を聞いていた孝之は、鍋で俺に食べて欲しいという料理の試作品のカレーを作っていたのだが、変な事に巻き込んで申し訳なく思った俺は、西岡に電話をかけて、場所を変えてもらおうと、黙って、店を出ようとした。
「佳祐、待てよ。休みだけど、別に俺は良いよ。どうせ、試作品のカレー作ってるだけだし、別に、邪魔にならない程度なら、構わないからさ。」
「本当にいいのか?」
「何度も聞くなよ。その代わり、ちょっとくらい、手伝えよ。」
孝之は、棚から、アルバイトの子が使っているエプロンを手に取り、俺に向かって投げた。
「解ったよ。」
そう言った後、孝之の横で、俺がエプロン姿で、作業を一緒にした。
その空気と時間は、子供の頃に戻ったみたいだった。