本当は怖い愛とロマンス
一時間くらい経った頃だった。
深くニット帽を被り、サングラスに髭を蓄え、そして、ジムで鍛えたような筋肉質な身体、鞄を腕から背負うように持った男が、店のドアを開ける。
それは、事情を知らない人間が見たら、ダンディでかっこいい普通の女好きの中年男にしか見えない。
まさしく、この男こそAV監督の西岡だった。
なぜか、西岡は、店に入った途端、しきりにキョロキョロ店の中を見回していた。

「西岡さん?」

俺はエプロンを脱いで、声をかけると、西岡は、すぐには声に反応せずに、店の内装を気に入ったのか、壁をじっと見たり触れたりして、真剣な顔で店の中を見ながら、探索しているようだった。

「へぇー、本木君の友達とやらは、どうやら、センスが良いんだね。俺も色んな店に行った事はあるけど、こんな幻想的なデザインの内装の店は、初めてだよ。それに、俺が好きなデザインだ。」

西岡は、店に置いてある水槽を中腰になり見つめながら、言った。
西岡が飽きるのを待っていると、時間の無駄だと思った俺は、そんな西岡の腕を無理矢理掴んで、カウンターに座らせた。

「西岡さん、紹介しますよ。俺の小学生からの幼なじみで、ここのオーナーの宇野孝之です。」

西岡は、俺の言葉に、服を綺麗に正しながら、立ち上がると、サングラスを外して、右手を孝之の目の前に差し出した。

「どうも、本木君にお世話になってる西岡竜介と言います。」

西岡の声に孝之は顔を上げると、料理で汚れた手をエプロンの端で適当に拭くと、西岡の右手を握り返した。


「どうも、宇野と言います。」

西岡は、孝之の顔を見た時、妙な事を言った。

「なんか、君と何処かであったような気がするんだけど…本当に初対面かな?」

「いえ…初対面ですよ。俺は、西岡さんと会うのは、今日が初めてです。」

西岡の言葉を聞いた孝之は、握っていた手を慌てて離すと、額には大量の汗が吹き出し、青い顔をしながら、突然、トイレに行くと言って、足早にトイレに駆け込んだ。

「嫌われたかな?俺。ちょっと、タイプだったから、宇野君の事、口説くつもりで言ったのに、あんな青い顔で嫌がられたの初めてだよ。」

西岡は、笑いながら、そう言った。

「西岡さん。孝之は、俺と違って、ゲイに免疫ないんですから、そんなの当たり前ですよ。」

「えー。そうなんだ。残念だな。でも、本当に何処かで会った気がしたんだけどな…」

西岡は、顎に手を置きながら、考え込んだような顔をしていた。
俺は、タバコを取り出して、タバコを口に咥えたまま、言った。

「人違いでしょ?孝之と西岡さんに接点なんかないじゃないですか?会うのも今日が初めてだし。」

「まぁ、確かに。店に来たのは、今日が初めてだし、あんなタイプな子と仕事してたら、解るはずだしね。」

西岡とそんな話をしていると、店のドアが開く音がして、俺と西岡は振り返る。

「あー、君だね。高倉君の事務所の新人っていうのは。」

西岡と同じように視線を合わせた後、俺は全身に電気が走ったみたいな襲撃をうけたのだ。
< 16 / 109 >

この作品をシェア

pagetop