本当は怖い愛とロマンス
渚だ。

目の前にいるのは、昨日とは、化粧が派手になって別人の様だが、確かに俺が昨日見たのと同じで、手首に包帯を巻いている。
俺をみても、渚は焦りもせずに、他人だと言わんばかりに、西岡に挨拶をしようと、俺を通り抜けて、西岡に近づこうとした。
すると、西岡は、後、1メートルというところまで渚が近付いた時、大声を張り上げて、怒鳴りつけた。

「待って!君は、俺の近くにそれ以上来なくていいから、彼の横に座って。」

当然、腕に既に蕁麻疹の兆候が出始めたのか、腕を無償に掻きむしっていた。
俺の横に何も言わずに座った渚は、やけに落ち着き払っている。
普通、こんな場面で、少しでも顔を知っている人間にあうと、誰だって、取り乱したり変に反応したりするはずなのに、逆に、渚より俺の方が取り乱していた。
西岡は、鞄から取り出したプロフィールの紙を見ながら、俺を挟んで、渚と会話をしているが、間に挟まれている俺は、聞きたくもない話が、いつもより聞こえすぎるくらい聞こえてくる。

昨日まで花屋に勤めていた女がAV女優って、どういう心境の変化なんだ。
渚の恋人の隼人とかいう男は、何も思わないのか。
自分の恋人が、こんな仕事してるっていうのに。

「それで、その包帯は、どうしたの?」

「ぶつけたんです。ただの軽い青あざです。」

渚は、腕をもう片方の手で隠すように、後ろに回した。

「あ、そう。まぁ、いいや。じゃ、服、脱いでくれる?」

「えっ?写真なら事務所から西岡さんに渡されてるはずじゃ…」

「いや、事務所から届く写真ってさ、身体のラインとかたまに修正したりしてる事とか最近はあるから、あてにならないんだよね。昔、誰も女の子のスタイル確かめないで起用したら、撮影当日に、何度もガッカリさせられてんの。それからは、俺の作品の面接は、絶対、脱いで確かめさせてもらってんの。嫌なら、別に帰ってもらっていいよ。俺、君じゃなくちゃ駄目って理由ないからね。」

そう言った西岡は、悪魔で冷静だった。
それが、仕事のプロというものなのだろうか。
俺は、渚が戸惑っている姿に、堪らなくなり、俺は西岡の耳元で渚に聞こえないように呟いて、助け舟をだした。

「西岡さん、彼女じゃなくていいなら、不合格でいいじゃないですか。何も店の中で脱がす事ないんじゃないですか?二人きりなら、まだしも、俺も孝之だって、トイレにいるんですよ。」

俺の言葉を聞いた西岡は、鼻で笑っていた。

「本木君は、何も解ってないね。これも、面接のテストの一つなの。本気でこの先、AVの世界でやっていくなら、金や興味本意みたいな遊び感覚で来てるなら、俺としては、今、辞めてもらった方がいい。世間には、ただの娯楽や如何わしい物として見られてるかもしれないが、俺は、自分の作品は、そこらの欲求の塊のようなAVを作ってる感覚はないんだよ。一種の芸術として、撮ってるつもりだ。だから、俺のプライドにかけて、どこであろうが、人前で、裸になる程度の事が出来ない様な覚悟がない半端な人間を出すつもりなんてさらさらないんだよ。だから、ちょっとした度胸試しさ。」

西岡の顔が、さっきとは違い、監督の顔になっていた。


「これで良いですか?」

渚の声に振り向くと、服を脱いで、裸になった渚が、目の前に立っていた。
しかし、身体中には、無数の痣。
胸のあたりには、手術痕のような傷もある。

なんだよ…この身体。

俺は、とっさに、顔を真っ赤にしながら、自分が着ていた上着を渚の身体に被せて、隠した。

西岡は、その時も冷静に、渚の身体をまじまじと見てから、ため息をついた。

「もういいよ。君は、不合格だ。なんだ?その身体の痣。使い物にならないよ。君みたいな子わ。あーあ。ガッカリだ。時間の無駄だったよ。」

俺は、西岡の言葉に、拳にぐっと、力が入る。
頭が真っ白になり、気がつけば、西岡に馬乗りになり、殴りつけていた。
俺は、渚の身体を見た時、無性に腹が立っていた。
罵声を浴びせた西岡に対して、俺は、どこか、死んだ渚に罵声を浴びせているような、そんな錯覚をしていた。

俺は、誰の為に、西岡を殴ってる?
死んだ渚?目の前にいる渚?

トイレから出てきた孝之に止められて、俺は、西岡から引き離された。
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