本当は怖い愛とロマンス
その数時間後には、渚と奈緒は、すっかり打ち解け、今、俺の目の前では、2人が笑い合って、話をしている。
数分前に孝之が、奈緒に、今日からしばらく、住む家が見つかるまでの間、渚をおいてほしいという頼みまで、あっさり受け入れたのだ。
女というのは、本当に解らない。
数時間前までは、あんなに、孝之の話に一時は疑いの目を向けていたはずの奈緒の方が、俺には嘘みたいに思えていた。
孝之は、渚と話し込んでいる奈緒を横目で確認しながら、小声で俺に言った。
「佳祐、いいか?今日から、あの子の名前は、野本海だぞ。間違っても、奈緒の前で、渚なんて言うなよ。あの子には、俺から、注意しとくから。」
俺は、ここまで、渚を庇い、嘘をついた孝之の真意が知りたくて、さっきからずっと考えていた質問をぶつけた。
「どういうつもりなんだよ?なんで、奈緒にあんな嘘までつくんだよ?それに、最初は、孝之だって、彼女の事どうなってもいいって、俺に関わるなとまで言ってたのはお前だろ?それに名前まで、嘘ついて、居場所だって、彼女の恋人にバレたら、どうすんだよ?そうなったら、奈緒にだって、全部バレるんだぞ!」
すると、孝之は大きなため息をつくと、こう言った。
「解ってるよ。」
「じゃ、何で、助けたんだよ?」
俺は、核心に迫った質問を投げかけ、孝之の顔をじっと見つめる。
少し考えた後、孝之は、笑って、こう答えた。
「考え直したんだよ。だって、昔から一番にお前を解ってやれるのは俺だけだろ?」
しかし、孝之の目は、笑っているようには見えない悲しい目をしていた。
孝之と俺が話し込んでいるのに気づいた奈緒は、俺に近づいてきて、いつものように絡んでくる。
「ねぇ、佳ちゃん、孝之と何話してたの?私も混ぜてよ。」
「お前には、関係のない話だよ。女だって話せない話があるだろ?男にもあるんだよ。男同士の会話ってやつがさ。なっ?孝之。」
孝之は、その言葉に、黙って、笑顔を浮かべる。
「何よ。もしかして、やらしい話じゃない?」
「馬鹿野郎。そんなわけないだろうが。」
俺は、ふざけて、たまたま手元にあった店のマッチの箱を奈緒に適当に投げつけた。
すると、そのマッチの箱が奈緒の頭に見事に当たり、それが床に散らばる。
「悪い。わざとじゃないんだよ。」
そう言って、馬鹿にして笑っていた俺に奈緒の怒りが点火された。
「何笑ってんのよー!ちゃんと、謝りなさいよ!」
いつもの様に奈緒と言い合いをしている俺を見て、洗い物の片付けをしていた孝之は呆れた顔をした。
1人になった渚は、奈緒と俺の様子を時折見ながら、床に散らばったマッチを片付けながら、全て拾いあげていた。
それを偶然にみていた孝之は、渚の横顔を見ながら、右手をぎゅっと握りしめていた。
夜も更けていき、時計が深夜の0時を回った頃、明日朝早くから仕事があるからと言って、他の三人を残して、俺は1人店を出た。
しばらく歩いて、自分の車が停めてある駐車場に着いた。
キーを挿し車乗り込もうとしていた。
すると、後ろから、俺の名前を呼んでいる声がして振り返る。
「佳ちゃんー!待って!」
振り向くと、急いで店から出てきた奈緒が俺の後を追いかけてきたようだった。
「奈緒、お前、何で?あの子と一緒に帰るんじゃなかったのか?」
確か、奈緒はさっきまで渚の面倒を見ると言っていたはずだ。
「それがね、私が海ちゃん連れて行こうとしたら、孝之が今日はもう遅いし、荷物の事もあるから明日からでいいっていうのよ。今日は孝之が家に泊めるからって。」
「孝之だって大人の男だぞ。二人きりにするのは、まずいだろ?男の部屋に泊まるってどういう事かお前解ってんのか?」
急に血相を変えて怒った俺の様子を見て、奈緒はため息をつきながら、不機嫌そうな顔で助手席のドアを開け、車に乗り込んだ。
俺も黙り込んで、勝手に車に乗り込んだ奈緒の態度に怒りを覚えながらも、運転席に乗り込む。
そして、車のエンジンをかけたと同時に、今まで黙り込んでいた奈緒が言った。
「佳ちゃん、海ちゃんと孝之が気になるの?」
俺は、奈緒の言葉に手の動きを止める。
「なんか、今日の佳ちゃんおかしいと思ってたの。全然喋らないし、海ちゃんといた時の佳ちゃん、どこか海ちゃんを避けてるみたいだった。それに、私が孝之と一緒にいるって言った時のあの怒った態度。もしかして、佳ちゃん…海ちゃんが渚先輩に似てるから…」
奈緒の視線が横から突き刺さる。
俺は苦し紛れに、また、奈緒に新しい嘘を重ねた。
「馬鹿!関係ねぇよ!孝之がさ、さっきお前には黙ってろって言ってたんだけど、あの子、知り合いの紹介で連れてきた子なんかじゃないんだ。本当は孝之が前から惚れてる子みたいでさ、恋人居るんだけど喧嘩して行くとこないみたいでさ、それで孝之訪ねてきたんだよ。そんなややこしい女と孝之が既成事実作っちゃったら、孝之やばいだろ?だから、ついさっきお前にカッとなってさ。」
俺の咄嗟に思いついた嘘に奈緒は笑って言った。
「そう…孝之だってもう子供じゃないんだから、どうしたら良いかくらい自分で決められるわよ。それに、あの孝之が初めて私達に紹介してくれた女の子よ。きっと、本気で海ちゃんの事好きなのよ。私達が、二人を応援しなきゃどうするのよ?」
「そうだな…」
俺は、奈緒との間に気まずい空気を感じながら、車を発車させた。
きっと、奈緒はそんな俺の嘘なんてハナっから信用していなかったのだろう。
店で死んだ渚に似た彼女を見た瞬間から、いつもと違う微妙な俺の変化に気づいていた。
でも、自分に心の中で俺の嘘を無理矢理信じこもうとしているように何も喋らなくなった。
本当は孝之と渚が一緒にいるって聞いた時、俺はもしかしたら孝之と渚がどうにかなるんじゃないかって、無意識に感じて、気が気じゃない自分がいた。
それは、孝之の言葉や行動が解らなくなっていたからだ。
そして、きっと、渚と孝之がそうなる事を俺は心のどこかで許せなかったんだ。