本当は怖い愛とロマンス
最近、朝は、いつもより目覚めが悪い。
心なしか朝の中田の騒ぎ立てる声にも言い返す気力もない。
朝から携帯電話には久しぶりに孝之からのメールが入っていた。
用件は、一か月前に無事家も決まり、新しい家に引っ越した渚の為に新しい家で必要なものを買いについていくのを俺に手伝って欲しいと書いてあった。
俺は、直ぐに仕事で行けないと返信を返した。
すると、数分後には、夜、店にきて引越し祝いをする事になったから、時間があれば俺に顔を出してほしいと孝之のメールには書いてあった。
俺は、そのメールを読むと、返信をする事なく、スボンのポケットに携帯電話をしまった。
何故か、俺はあの日から毎夜、ずっと、渚が死んだ日の夢を見るようになっていた。
なぜか、渚が車に轢かれる瞬間をいないはずの俺が目撃している。
逃げていた車の犯人の顔を見た俺は、毎回驚いていた。
しかし、肝心な犯人の顔は毎回、靄がかって見えなかった。
いつも目が覚めると、ベッドは大量の体から出た俺の汗でビッショリ濡れていた。
夢であっても、大切な何かを失った瞬間を何度も味わうのは正直に言えば、辛い。
忘れかけていた苦しみが、再び、夢を見る事で実感させられ、渚に似た彼女に会う事を自然に避けていた。


「どうしたんですか?本木さん?今日ずっと考え込んだ顔して、黙り込んだままで。」

車を運転していた中田が、ずっと朝から黙っている俺を不思議そうに見ていた。

「いや、ちょっと、最近酒飲み過ぎてな…」

「羽伸ばしすぎないでくださいよー。」

「わかってるよ。」

信号待ちで丁度、車が止まると、中田は、思い出したように、車の助手席のグローブケースから綺麗に包まれた箱を俺に渡した。
俺が、その箱を開けると、真新しいサングラスが入っていた。

「なんだよ?これ。」

「昨日の夜、事務所の入り口でずっと待ってる若い20代前半の男が、本木さんに渡してくれって、出てきた社員に渡してきたみたいで。一応、怪しいし気味悪いから中身調べたら、普通のサングラスみたいだったんで、渡しても大丈夫だろって事で、朝、本木さんの家に行く前に僕がうけとったんですけど。」

「変な奴だな。誕生日でもないのにな。でっ、一応、万が一の時の為に名前は控えてんだろうな。」

「もちろんですよ。えーっと確か、山本隼人って名前だって言ってたような…まぁ、深い意味なんてないでしょ。相手は男なんですから。」

俺はその名前を聞いた瞬間、俺は渚の恋人だった男の顔が浮かんだ。
俺はあのカフェで失くしてしまって以来、サングラスをずっと探していたところだった。
でも、なんであの男が俺なんかのために、こんなサングラスをわざわざ買って俺に返しにきて、どういうつもりなんだ?

解らない。


俺は心を落ち着かせようと、タバコに火をつけて、ふと、窓の外を見る。
道端でギター一本で行き交う人波の中で歌うストリートミュージシャンの姿が、目に入る。
通りすぎる横顔を見ると、隼人だった。

「停めてくれ。」

俺の声に中田が急にアクセルを踏み、車を停車した。
急いで横に置いていたサングラスを手に取ると、車を飛び出し、隼人の元へ走り出す。

「ちょっと、本木さん、どこ行くんですか?」

中田の声を無視して、俺は歌っている隼人の前に行くと、持っていたサングラスを隼人めがけて投げつけた。

「お前だろ?それ、昨日事務所に届けたの。」

投げたサングラスが隼人の顔に当たり、地面に落ちる。

怒鳴りつけた声で帽子とサングラスをかけていても俺だと気付いた隼人は、地面に落ちたサングラスを拾い上げた。
隼人はサングラスの汚れたところを払い落とし、俺に差し出した。

「受け取ってくださいよ。これ。俺、金ないから、あなたがかけてたみたいな高いブランド品なんて買えないけど、全財産叩いて、俺がかえる一番高いものをあなたの為に買ったんだ。」

「最初から、お前みたいな奴にプレゼントしてもらう理由もないからな。どういうつもりだ?」

俺は、サングラスを受け取らずに、隼人を睨みつけた。

「どういうつもりって、なんで、そんなに、俺の事、警戒した目でみるんですか?さっきも説明したじゃないですか?有名なミュージシャンのあなたが俺達なんかの為に間に入っててくれたでしょ?それが理由です。渚が持ち帰ったあなたに渡すはずのサングラスが壊れてたから弁償にこれを渡したんです。金なら、あなたほどの人なら周りに、なんかあったのかって、詮索されるでしょ?」

隼人は、無理矢理、サングラスを俺の手に握らせると、にっこりと子供のような人懐こい笑顔をみせた。
そして、ギターを手に取ると、言った。

「渚が、いなくなったんです。ある日、出かけたっきり、ぱったりと。」

俺は、黙って、隼人の話に耳を傾けた。

「俺が歌い始めた頃にね、唯一、俺の歌を真剣に聞いてくれたのが渚だったんですよ。そんな渚に、俺は惚れて、それから付き合うようになって。でも、人生って解らないですよね。ずっと、誰よりも大切にしてても、ある日、突然、前触れもなく、失くしちゃうんですから。」

まるで、そこにいる隼人は、別人の様だった。
最初会った時の様に、取り乱す様子もなく、恋人の渚が出て行ったというのに、普通よりも恐いくらい落ちついているようにも見えた。

「でも、俺は、今でも、いつでも渚が帰ってこれるように、彼女のものは捨てずに待ってるんですよ。本当の渚自身を誰よりも愛してやれるのは、絶対に俺だけしかいないって、解ってますから。」

そう言った後、隼人は、俺に笑顔を向けていた。
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