本当は怖い愛とロマンス
孝之の裏切り
好きだと自覚すると、俺は、急にあからさまに、まともに渚と目を合わす事さえも拒んだ。
そして、俺は、渚の顔から目を逸らし、冷たく言った。
「いいんじゃない?いちいち、俺に意見なんかに求めるレベルなんかでもないだろ。」
「そうですよね。プロのミュージシャンに意見求めるなんて、私、図々しかったですよね。すみません。」
俺の言葉に、渚は苦笑いしながら、丁度準備ができた酒のグラスを手に取ると、その場から逃げるように去っていく。
去っていく渚の背中を、俺は、渚に気付かれないように目線で追うと、テーブルにほおずえをつきながら、深いため息をついた。
今更、この歳の男が、女に照れてるなんて子供かよ?
全く…面倒くさくて、頭が変になりそうだ。
俺は、自分の今の現状に、完全にお手上げだった。
でも、反対に不思議と心は軽くなり、今まで、ずっと悩んでいた何かから解放された気分だった。
しばらくすると、数十分前までうるさかった横の席がやけに静かになった。
どうしたのかと思い、横を向くと、言いたい事だけ言って満足そうな笑顔で、いつものように酔い潰れて、寝てしまっている奈緒がいた。
黙々と、孝之は、そんな奈緒の近くの何個もの空きグラスを片付けている。
その後も、俺は、渚の事が度々気になり視線を戻そうとしたが、こっちを向いているような気がする度に、咄嗟に目を反らすと、何回か繰り返すうちに、俺は、目の前にいた孝之とバッチリと目が合ってしまった。
俺は、とんでもない所を見られたと思って、恥ずかしさで、顔が真っ赤になる。
「どうした?なんかあったのか?お前、顔、真っ赤だぞ。」
そう言いながら、孝之は、後ろの棚に置いてあった瓶を何本か取り出し、下からも何本か瓶とシェイカーに何個かの氷と取り出した酒を入れて、両手でそれを振り始める。
「別に…何にもないよ。」
カチカチと一定のリズムを刻んで鳴り響いていた音の速さが、段々と遅くなっていくのが、聞いていて解った。
「何にもない事ないだろ?さっき、お前があの子をずっと見てたと思ったのは、俺の気のせいか?お前、まさか、好きになったとか言わないよな?渚に似てるあの子の事。」
孝之は、シェイカーを振るのを止めると、置いていたグラスに作ったカクテルを注ぎながら、そんな事を言った。
やっぱり、さっき、俺が渚を見ていたのを孝之は、見ていたのだ。
そう思うと、孝之の俺を見る眼差しが急速に心臓の速さを速めた。
そして、その視線が痛いほど、俺の心を突き刺し、恥ずかしさを一層まくしたてた様な気がした。
「馬鹿野郎…そんなはずないだろ?この俺が、本気であんな偽物の女なんか好きになる訳ないだろうがよ。面白くもない冗談言うな。」
自分の気持ちに気づかれたかもしれないという恥ずかしさから、シドロモドロになりながら、俺は逃げるように、テーブルに置いていたタバコを手に取ると、火をつけた。
孝之は、そんな俺の様子をしばらく見つめた後、目の前にカクテルの入ったグラスを置いた。
タバコを灰皿に置くと、グラスを手に取り、カクテルを一口飲む。
口に含んだ瞬間は甘いミックスジュースのような味がしたが、喉を通る瞬間、焼けるような感覚が襲った。
孝之は、むせている俺の姿をみて、身を前に乗り出して、テーブルに手をつきながら、満足そうな笑顔で言った。
「どうだ?佳祐、俺のオリジナルカクテルの味は?喉焼けるみたいに美味いだろ?」
「名前はなんていうだよ?」
そう聞いた俺に、孝之は自信満々の表情で言った。
「crazy for you。日本語で言うと、君に夢中ってとこかな。」
「君に夢中?なんだよ。センスのないそのキザな名前。」
すると、孝之は、得意気にカクテルの説明を喋り始めた。
「このカクテルの色が真っ青なのは、涙の色なんだ。最初の甘い味は、恋の味だ。飲んだ後、感じる辛さは失恋の味。下に沈み込んだトッピングのチェリーは、恋に溺れた人間をイメージした。このカクテルの名前の意味は、いつだって、恋をすると、初めは軽い好きだと言う気持ちが、楽しくて甘い日々に変わる。やがて、軽い気持ちが本気だと気付くと、相手にどっぷりのめり込んでいく。すると、甘い日々が地獄の日々に変わる。そして、最後にはその苦しみから、自分が好きになった相手に好きになってもらいたい、自分が幸せになるためなら、どんな汚い事や嘘をついても自分のものにしたいと、相手の全ての愛を手に入れたいと思うようになる。いつだって、誰かを好きになると、理性はなくなり、自分を狂わせ、夢中にさせる。そして、最初は軽い気持ちだったはずが、歯止めがきかなくなる。」
孝之の話を聞きながら、俺は、違うテーブルで笑って、他の客と話している渚に目を向けた。
孝之は、そんな俺を見つめながら、話を続けた。
「佳祐、この前、俺、実は、このカクテルを作った時、好きな人への気持ちをイメージして作ったんだ。」
孝之は、一瞬、口元が緩む。
「俺は、ずっと、好きになった人が、誰かと幸せになる事だけをずっと一番に考えてたんだ。だから、俺は、遠くで相手を見守ってればいいって思ってた。」
孝之は、砕いていた氷のストックがきれていたのに気づいて、氷の塊を取り出して、アイスピックを手に取ると、力一杯振り上げ、氷に突き刺した。
「でも、たまに、とんでもなく、胸が苦しくなって、好きな人を殺したい位の怒りがこみ上げてくる時だってある。片想いってさ、愛してる分だけ、相手への憎しみも増すんだな。」
アイスピックで氷を砕く音が、俺の視線を孝之の方に向かせていた。
そして、目がばっちりと合わさった時、孝之は、よそ見をしていた時も、ずっと俺だけをまっすぐと見ていたと気づく。
そして、いつものように笑う。
なぜか、その光景に、違和感を感じた。
いつも見ている様子とは違う一面を垣間見てしまった気がして、同時に、俺の意識も朦朧とし始めた。
孝之に圧倒されるように、俺は、体重を後ろにあずけると椅子に座ったまま、バランスを崩して、そのまま、椅子ごと転倒してしまった。
その時、ひどく頭を強く打ち付け、完全に意識が途絶えた。
最後に見たのは、俺の狭まる視界の先に映っていたのは、ただ、悲しい目をして俺を見つめる孝之だった。
そして、俺は、渚の顔から目を逸らし、冷たく言った。
「いいんじゃない?いちいち、俺に意見なんかに求めるレベルなんかでもないだろ。」
「そうですよね。プロのミュージシャンに意見求めるなんて、私、図々しかったですよね。すみません。」
俺の言葉に、渚は苦笑いしながら、丁度準備ができた酒のグラスを手に取ると、その場から逃げるように去っていく。
去っていく渚の背中を、俺は、渚に気付かれないように目線で追うと、テーブルにほおずえをつきながら、深いため息をついた。
今更、この歳の男が、女に照れてるなんて子供かよ?
全く…面倒くさくて、頭が変になりそうだ。
俺は、自分の今の現状に、完全にお手上げだった。
でも、反対に不思議と心は軽くなり、今まで、ずっと悩んでいた何かから解放された気分だった。
しばらくすると、数十分前までうるさかった横の席がやけに静かになった。
どうしたのかと思い、横を向くと、言いたい事だけ言って満足そうな笑顔で、いつものように酔い潰れて、寝てしまっている奈緒がいた。
黙々と、孝之は、そんな奈緒の近くの何個もの空きグラスを片付けている。
その後も、俺は、渚の事が度々気になり視線を戻そうとしたが、こっちを向いているような気がする度に、咄嗟に目を反らすと、何回か繰り返すうちに、俺は、目の前にいた孝之とバッチリと目が合ってしまった。
俺は、とんでもない所を見られたと思って、恥ずかしさで、顔が真っ赤になる。
「どうした?なんかあったのか?お前、顔、真っ赤だぞ。」
そう言いながら、孝之は、後ろの棚に置いてあった瓶を何本か取り出し、下からも何本か瓶とシェイカーに何個かの氷と取り出した酒を入れて、両手でそれを振り始める。
「別に…何にもないよ。」
カチカチと一定のリズムを刻んで鳴り響いていた音の速さが、段々と遅くなっていくのが、聞いていて解った。
「何にもない事ないだろ?さっき、お前があの子をずっと見てたと思ったのは、俺の気のせいか?お前、まさか、好きになったとか言わないよな?渚に似てるあの子の事。」
孝之は、シェイカーを振るのを止めると、置いていたグラスに作ったカクテルを注ぎながら、そんな事を言った。
やっぱり、さっき、俺が渚を見ていたのを孝之は、見ていたのだ。
そう思うと、孝之の俺を見る眼差しが急速に心臓の速さを速めた。
そして、その視線が痛いほど、俺の心を突き刺し、恥ずかしさを一層まくしたてた様な気がした。
「馬鹿野郎…そんなはずないだろ?この俺が、本気であんな偽物の女なんか好きになる訳ないだろうがよ。面白くもない冗談言うな。」
自分の気持ちに気づかれたかもしれないという恥ずかしさから、シドロモドロになりながら、俺は逃げるように、テーブルに置いていたタバコを手に取ると、火をつけた。
孝之は、そんな俺の様子をしばらく見つめた後、目の前にカクテルの入ったグラスを置いた。
タバコを灰皿に置くと、グラスを手に取り、カクテルを一口飲む。
口に含んだ瞬間は甘いミックスジュースのような味がしたが、喉を通る瞬間、焼けるような感覚が襲った。
孝之は、むせている俺の姿をみて、身を前に乗り出して、テーブルに手をつきながら、満足そうな笑顔で言った。
「どうだ?佳祐、俺のオリジナルカクテルの味は?喉焼けるみたいに美味いだろ?」
「名前はなんていうだよ?」
そう聞いた俺に、孝之は自信満々の表情で言った。
「crazy for you。日本語で言うと、君に夢中ってとこかな。」
「君に夢中?なんだよ。センスのないそのキザな名前。」
すると、孝之は、得意気にカクテルの説明を喋り始めた。
「このカクテルの色が真っ青なのは、涙の色なんだ。最初の甘い味は、恋の味だ。飲んだ後、感じる辛さは失恋の味。下に沈み込んだトッピングのチェリーは、恋に溺れた人間をイメージした。このカクテルの名前の意味は、いつだって、恋をすると、初めは軽い好きだと言う気持ちが、楽しくて甘い日々に変わる。やがて、軽い気持ちが本気だと気付くと、相手にどっぷりのめり込んでいく。すると、甘い日々が地獄の日々に変わる。そして、最後にはその苦しみから、自分が好きになった相手に好きになってもらいたい、自分が幸せになるためなら、どんな汚い事や嘘をついても自分のものにしたいと、相手の全ての愛を手に入れたいと思うようになる。いつだって、誰かを好きになると、理性はなくなり、自分を狂わせ、夢中にさせる。そして、最初は軽い気持ちだったはずが、歯止めがきかなくなる。」
孝之の話を聞きながら、俺は、違うテーブルで笑って、他の客と話している渚に目を向けた。
孝之は、そんな俺を見つめながら、話を続けた。
「佳祐、この前、俺、実は、このカクテルを作った時、好きな人への気持ちをイメージして作ったんだ。」
孝之は、一瞬、口元が緩む。
「俺は、ずっと、好きになった人が、誰かと幸せになる事だけをずっと一番に考えてたんだ。だから、俺は、遠くで相手を見守ってればいいって思ってた。」
孝之は、砕いていた氷のストックがきれていたのに気づいて、氷の塊を取り出して、アイスピックを手に取ると、力一杯振り上げ、氷に突き刺した。
「でも、たまに、とんでもなく、胸が苦しくなって、好きな人を殺したい位の怒りがこみ上げてくる時だってある。片想いってさ、愛してる分だけ、相手への憎しみも増すんだな。」
アイスピックで氷を砕く音が、俺の視線を孝之の方に向かせていた。
そして、目がばっちりと合わさった時、孝之は、よそ見をしていた時も、ずっと俺だけをまっすぐと見ていたと気づく。
そして、いつものように笑う。
なぜか、その光景に、違和感を感じた。
いつも見ている様子とは違う一面を垣間見てしまった気がして、同時に、俺の意識も朦朧とし始めた。
孝之に圧倒されるように、俺は、体重を後ろにあずけると椅子に座ったまま、バランスを崩して、そのまま、椅子ごと転倒してしまった。
その時、ひどく頭を強く打ち付け、完全に意識が途絶えた。
最後に見たのは、俺の狭まる視界の先に映っていたのは、ただ、悲しい目をして俺を見つめる孝之だった。