本当は怖い愛とロマンス
答えを俺が口にしなくても、谷垣は、俺の表情を見て、俺がどうしたいか既に解っていたように、ニヤリと何かの合図のように笑う。

「ふざけんな!早く行けよ。優柔普段なウジウジしたお前が居ても、辛気臭くて酒が不味くなるんだよ。あーあ。ママ、本木、用事出来たから、俺、カウンター行くわ。」

怒鳴り口調で、突然、俺に喧嘩を吹っかけ始め、谷垣は、わざと、俺を店から追い出そうとした。
出口のドアの前まで谷垣に訳が分からないまま追いやられると、最後に、俺は、振り返った。
すると、カウンターに移動した谷垣は笑って、俺にウインクをしてきた。
きっと、谷垣は、最初から、様子がおかしかった俺の話を聞き出して、本当の真意を確かめるために、わざと、ここに理由をつけて連れ出した。
そして、もともと、いつものように見えた誘いは、その為の口実だった。

やっぱり、あんた、すごいよ…


俺は、谷垣に心の中でお礼を言うと、店から出たところでタクシーを拾って、孝之の店に急いだ。

店に向かう途中で、上着に入れていた携帯を取り出し、昼間の奈緒の着信に折り返しをかけた。

何回目かのコールで、奈緒が出た。


「けいちゃん?もう、全然電話出ないから!何してたのよ!今どこ?」

「悪かった。最近仕事が忙しくて、出られなかったんだよ…今、孝之の店向かってる途中だよ!後で、お前も店に来てくれ。とにかく、お前の話はそこで聞いてやるから。じゃ、もう切るぞ!」

タクシーが指定の場所の店の近くで止まって、携帯を持ったまま降りると、俺は、少し小走りで、孝之の店に向かっていた。
すると、突然、奈緒が妙な事を言った。

「待って!切らないで!何度もけいちゃんにメール送ったのに、もしかして、まだ、読んでないの?」

その時、俺は、変な胸騒ぎがした。

「メール?奈緒、どういう事だ?」

孝之の店が目前と言うところで、奈緒が言った。

「あのね、孝之の店、半月前に、急に入ってきた何人かの男の客に、店の中ぐちゃぐちゃに荒されて、孝之と殴り合いになって、ひどい怪我して、ずっと入院してるのよ。その後、警察にも通報したんだけど、私が店に駆けつけたら、海ちゃんが店からいなくなったの!」

俺は、その言葉を聞いたと同時に、孝之の店の前に着いていた。
そこで、見たものは、外観は、CLOSEと札がさげられており、なんとなく不気味な雰囲気を漂わせている。
店の窓に近づくと、窓のガラス越しに、照明もない真っ暗になった中の様子が丸見えだった。
散乱した椅子やグラスが転がっていて、水槽の魚も、誰にも手入れされずに濁った水の上に浮いて死んでいる。
孝之の店は、完全に以前の面影は微塵もなくなっていた。

「なんだよ。これ…。なんかの冗談だろ?こんな事!奈緒!わかるように説明してくれよ!」

俺は、目の前で見ている情景が、現実だと受け入れられずに、電話口の奈緒相手に気が動転して怒鳴りつけていた。

「けいちゃん、落ち着いて!とにかく、詳しい事は、後で、ゆっくり話すから。今、私、孝之の入院してる病院にいるから、けいちゃんも今すぐそこにきてくれない?メールで病院の住所と孝之がいる病室の部屋番号送っておいたから。」

奈緒がそう言って電話を切った後、持っていた携帯電話を強く握りしめた。

直ぐに、タクシーで奈緒の届いたメールを頼りに、病院に向かった。
書かれていた402号室のドアを静かに開けると、奈緒の姿はなく、1人でベッドから身体を起こして、真っ暗な窓の外の景色をじっと見つめていた。
俺が見た孝之の姿は、右腕は三角巾で首から固定しており、足も骨折していて固定されて満足に動けず、おそらく、誰かの手を借りずに1人では身動きが取れなかったのが言わなくても解った。

「孝之。」

名前を呼ぶと、俺の方に振り向いて、何事もなかったかのように、優しくにっこり笑う。
孝之は、怪我をしてない左手を軽くあげると言った。

「よっ!佳祐、久しぶりだな。元気だったか?」

「元気だったかじゃないだろ?なんだよ?その怪我もだけど、あのお前の店、なんであんな状態のまま放置してんだよ!俺に、わかるように、何があったか、まず、説明してくれよ!」

俺は、孝之の無理に笑う姿とあの店の状態を見ると、孝之への妙な気持ちがふきとんでいた。

「なんか、佳祐の顔見るの久しぶりだな…なんか、すっげー嬉しいよ。俺。」

そう言った孝之は、泣いていた。
溢れ出した涙を着ていたシャツで拭っている孝之の頭を掴んで、俺は、胸に抱き寄せて言った。

「馬鹿野郎。俺が、お前の事、心配するの当たり前だろ。だって、俺達、子供の頃からの親友だろ?」

その後も何度も、俺の胸でしがみついて泣きながら、孝之は「ごめん」と謝って、その言葉を何度も繰り返し、言った。


すると、両手に缶コーヒーを3本抱えた奈緒が、ドアを開けて入ってきた。

「何?2人で、抱きあってんの?私を差し置いて。仲間外れとか、酷いじゃない?」

奈緒は、笑顔で、俺に缶コーヒーを渡し、孝之の分をテーブルの上に置いた。
顔を上げた孝之に外に出る事を伝えるてから、奈緒は、俺の服を引っ張ると、エレベーターで一階に降りて、病院の外にある中庭のベンチまで連れてきた。
そのベンチにお互い腰掛けると、俺の持っていた缶コーヒーに自分の缶コーヒーを当てる。

「乾杯!缶コーヒーだと雰囲気出ないけど。」

そう言って、奈緒は、缶コーヒーの蓋を開けて、一口飲んだ。

「何で、こんな薄暗い人気のないところ連れてきたんだよ。別に、話するなら、孝之の病室でも良かっただろ?」

そう言いながら、俺も一歩遅れて、缶コーヒーの蓋を徐に開ける。

「ねぇ、佳ちゃん、私ね、全部、孝之から聞いて、解っちゃったの。けいちゃんが海ちゃんによそよそしくしてた理由。それに、海ちゃんじゃなくて、渚ちゃんの事も、全部、聞いた。」

俺は、奈緒の言葉に、飲んでいたコーヒーを吹き出した。

「この先、あの子には、もう何があっても、関わらないで。私からの最初で最後のけいちゃんへのお願い。」

奈緒は、顔の前に両手を合わせて、今にも泣きそうな目で俺を見つめていた。

「そんなお願い…俺はきけないから。」

「なんでよ!死んだ渚先輩と同じ名前で瓜二つの子に、ただ、感情移入してるだけじゃない!あの子は、渚先輩じゃないんだよ。店に来た男って、あの子が付き合ってた恋人なんじゃない?それって、孝之をあんな目に合わせたのって全部、あの子がいる事で何も関係ない孝之を巻き混んだって事じゃない!それでも、私に放っておけって言うの?佳ちゃんは、私や孝之がどうなったって、あの子の方がそんなに大事なの?」

俺は、渚が怒鳴る姿を見た後、持っていた飲みかけの缶コーヒーを静かに地面にそっと置くと、奈緒の目を真っ直ぐ見て、言った。

「そうじゃないよ。でも、例え、お前の頼みでもさ、今の俺は、あの子に会ったら、何もせずに見過ごすなんて自信ないよ。だからって、お前や孝之が大切じゃないって訳じゃないんだ。」

「それって、あの子が好きって事?」

「そうかもな…死んだ渚に似たあの子と接してくうちに、俺、久しぶりにさ、本当に笑ったり、ときめいた。これが、本当の恋なのか、俺にも分からないよ。でも、俺、やり直したいんだよ。渚と過ごすはずだった未来の時間をあの子と一緒にいれたらと思った。」

そう言った瞬間、奈緒の右手が勢いよく俺の顔面に飛んできた。

「本当、佳ちゃんって馬鹿でお人好しだよ。何にも知らないんだね。あの子は、けいちゃんとの事なんて何とも思ってないよ。あんな子、渚先輩なんかじゃない!」

俺が、掴もうとした手をかわした奈緒は、去り際に、ポケットから数枚の写真を落とした。
ため息をついて、地面に落ちて、散らばった写真を拾い上げると、それを見た俺は、顔面蒼白になった。
そこに写っていたのは、孝之と渚がキスをしている写真だった。

なんだよ。これ。

どういう事なんだ?

その時、俺は知らされた。

孝之の俺への裏切りを。
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