本当は怖い愛とロマンス
その後、西岡の口から意外な言葉が出た。

「さっき本木君が見た写真の女は、俺にとって、なんて言うか…憧れだった。彼女は何もかもが完璧で、そして、俺が望むものを何もかもを手に入れて、持ってたんだ。羨ましいくらいにね。」

それは、俺にとって、予想もしなかった言葉だった。
そして、西岡の表情もどこかいつもとは違い、男らしく見えた。
心から、彼女をなんらかの形で大切に思っていたのだと、言葉や態度を通して、なんとなく伝わってきたのだ。
だからこそ、俺は、何故、西岡が今のようになったのか、わからなかった。
理由は、仕事が増えたせいで異常なほどまでに女嫌いにまでなったと聞かされ信じていたが、さっきの表情を見た時、理由はそれだけではないような気がした。
今まで、西岡が周りに嘘をついてまで隠してきた本当の理由はいったい何なんだろう。
それとも、彼女だけが特別なのだろうか。

つい、自然に口をついて自分の思っている言葉を俺は言いかけて、飲み込んだ。
いくら、気になるからと言って、興味本意で他人の過去を聞く事にさすがに、少なからず引け目を感じていたからだ。
すると、西岡が俺の態度をみて気づいたらしく、俺をみて、笑っていた。

「やっぱり、本木君はわかりやすくて面白いよ。」

西岡は、そう言うと、スボンの後ろのポケットに入れていた財布から一枚の古い写真を取り出し、俺に差し出した。
そこには、20代前後の若い西岡とその横には男、そして、さっきの携帯の写真に写っていた女が、幸せそうな表情で写っていた。
俺が、写真を見つめていると、西岡が話をきりだした。

「その写真は、俺が大学の時、撮った写真。ずっと、三人で何をするにも一緒だったんだよ。」

その写真には、俺の見る限り、幸せそうに笑う表情しか写っていなかった。
西岡は、その写真を俺の手から奪うと、写真を見つめて言った。

「俺は、君とは、逆さ。自分とは、全く違う別の世界がある事を最初から知っていたし、冷静だった。だって、自分の世界は、小さい頃から他人の世界と混ざり合って一つになる事なんて、絶対にないって解ってたからさ。でも、ある時、混ざり合って一つになって欲しくなかった世界を見たんだ。だから、俺は、冷静さを失った。」

西岡は、そう言うと、写真を元の場所に戻した。
それ以上、女の話や過去の話を続けるのを嫌がり、別の話に話題を変えていた。
俺は、さっきの西岡の言葉や態度から、三人が、今では、写真の様に幸せに笑うような関係じゃなくなった何かがあったのだというのは、なんとなく検討がついた。
だから、俺がそれ以上、西岡にその話を続けさせようという気持ちには、どうしてもなれなかった。

その後、西岡は、タクシーに乗り込み帰ろうとする俺を突然、呼び止めて、少しの間の沈黙の後、何かを言おうとして、躊躇った後、笑顔でこう言った。

「宇野君ともう一度ちゃんと話して、仲直りしなよね。今度は、絶対、三人で飲もうよ。」

そう言った途端、タクシーのドアが閉まる。
タクシーの窓から、俺を立ち尽くして、見送る西岡の姿が見えていた。
西岡は、何かを俺に言おうとして、一瞬躊躇った。
俺に本当に言いたかったのは、なんだったのだろう。
タクシーの中で、あの時の西岡の不自然な態度を思い出しながら、今更ぶり返してきた眠気に襲われ、俺は考えこむように目を閉じた。
30分後、タクシーの運転手に起こされ、金を払い、降りると、俺の家の前に、髪の長い女がこちらに背中を向けて、地面に体育座りする形で顔を下に向け、疼くまっていた。
夜中の2時を回っていた事もあり、その光景は、普通なら真っ先に警察に通報しているだろう、あまりにも不気味なものだった。
でも、それを見た俺は、恐いほど、落ち着いていた。
なぜなら、何度かこういう場面に出くわしていて、慣れていたからだ。
最初は、こんな状況に遭遇した時は、腰を抜かすほどびっくりしたが、こういう仕事をしていると、熱狂的なファンというものが、有難い事にこんな俺にもいて、プライベートな情報が雑誌で流出する度に、仕事から疲れて帰ると、家の前に知らない女が立っていた事や疼くまっていて動かなかった事は1年ほど前まで、何度かあった。
その度に、俺は、家の引っ越しを繰り返していたが、最近は奈緒が、俺のゴシップやプライベートな情報を極力防いでくれている事と中田の意向でプライベートを一切、どんな事があっても口外しない姿勢を貫いている事もあって、ここに引っ越してからは、一度もそういう場面には出くわさなかった。
でも、やっぱり、情報というものは、どこから漏れるかなんか、俺自身でさえも予想できない。
きっと、また、ファンがここに住んでいる事を嗅ぎつけたのだろうと思い、俺は、慣れた様に、同じ高さまでしゃがみこむと、この女に納得して貰った上で、直ぐに帰って貰おうと最初は、刺激しないように、優しい口調で話しかけた。

「大丈夫?」

俺が声をかけると、その女は、顔を上げ、俺の方を向いた。

「渚?」

俺の目の前にいる女は、紛れもなく、店からいなくなってから居所が解らなくなっていた渚だった。
渚は、俺だと解ると、涙ぐみ、抱きついてきた。
孝之の店があんなことになり、渚がいなくなったと奈緒が聞いていた時から、こうして、もう一度会う事を俺は、半ば諦めていた。

でも、今、俺の目の前に、孝之の店から行方をくらましていた渚がいる。

その出来事は、俺を動揺させ、びっくりさせる事だった。
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