本当は怖い愛とロマンス
合わせ鏡の様な気持ち
二週間ほど経った頃、孝之が、腕と足のギブスも外れて、骨も正常に回復した。
そして、普通に生活しても大丈夫だと医者の判断がでたらしく、しばらくは、リハビリも兼ねて通院する事になり、病院から退院する事になったらしい。
店も無事に再開する事になったと奈緒が電話ではなしていた。


俺は、これで元通りになり、何もかも良かったんだと想う反面、素直な気持ちで声に出して喜べない自分がいた。

あの日を境に、時間だけが漠然と過ぎていくだけで、未だに俺達の間は、傷を避けるようにギクシャクして、互いの気持ちや今の状況も知らず、うやむやに誤魔化したあの時の状態のまま放置され、何も変わってはいなかった。
一週間前、たまたまニュースで流れた孝之の事件で逮捕された何人かの犯人の顔を見た時、隼人の顔写真が一つもなかった。
結局、解決とは、ほど遠い現実がそこにはあった。
そのニュースを見た時、あの日、俺の家を飛び出したっきりの渚が真っ先に心配になり、名前を頼りに渚の消息を探していたがみつからずに、何の手がかりも掴めないままだったのも、俺の胸の使えをより一層酷くさせていた。



「明日、けいちゃんも、私と一緒に孝之の事、迎えに行こうよ。」

奈緒が、やけに明るい口調で、唐突に、そう言った。

「悪いな。俺、忙しいんだよ。あと、二週間で全国ツアーが始まるんだ。だから、今月に入ってから、毎日、缶詰状態で会社のスタジオでLIVEのリハーサルでさ。」

「なんとかして、明日、少しの間だけでも抜けられないの?」

奈緒は、バラバラになってしまった三人の関係に、少し罪悪感をかんじているのか、なんとかして、俺達の時間を作ろうと必死になっているようだった。

俺は、少しだけ間を置くと、言った。

「悪い…お前だけで行ってくれないか?俺、やっぱり、どうしても、抜けられそうにない。」

受話器から、奈緒の落胆したようなため息が聞こえる。

「解った…」

そう言った後、電話を切ると、俺は、リハーサルに戻った。

リハーサル後、中田に、俺が事前に頼んでいたLIVEのコンサートのチケットを枚数分、手渡しされた。
孝之の分、奈緒の分、そして…。

俺は、歯を食いしばりながら、そのチケットを見つめ、ポケットの中に乱暴に押し込むと、逃げるように、熱く胸にこみ上げてくるものを押し込めようとスタジオの外にタバコを吸いに行った。

タバコを吹かしながら、必死に涙が溢れないように上を向いている自分が余計に悲しくなった。

「いつから、お前、そんな泣き虫になった?」

ポケットに手を突っ込んで、俺の横で同じように、急にそう話しかけてきた谷垣が、そんな俺の姿を馬鹿にしにきたのか、タバコを吸い始めた。

「また…お節介ですか?別に泣いてませんよ。ただ、タバコの煙が、目に沁みただけです。」

谷垣に隠れて、俺は、上着の裾で、咄嗟に溢れてきていた涙を拭きとった。
その様子を見て、谷垣は、タバコを吹かしながら、笑っていた。

「お前のそんな悩んでる姿を見てると、俺は、何故か、お前を助けたくなっちゃうんだよな。でもさ、多分、お前を助けるのが、俺の趣味なんだよ。」

そう言うと、谷垣は、正方形の二つ折りにした紙をポケットから取り出して、俺に手渡した。
その紙には、急いで殴り書きしたような字で、よく見ると、どこかの住所が書かれていた。

「お前は、さっき急に体調を崩して、風邪で高熱が出て、明日のLIVEのリハーサルには来れないって事にでもしといてやるから。」

そう言うと、谷垣は、地面にすっていたタバコを捨てて、足で踏みつけて消して、その場から立ち去ろうとしていた。

俺は、谷垣の優しさを素直に受け取って良いのか分からず、紙を握りしめたまま、何も言えずに、ただ戸惑っていた。

すると、谷垣は、戸惑った様子の俺を見てから、背を向けたまま振り返らずに言った。

「それは、お前に対しての俺のただのお節介ってやつだ。受け取ったもんをどうするかは、お前の好きにしろ。破り捨てるなり、無視するなり、そこに行くなり、後は、お前の好きにすればいい。」

「この住所は、どういう事なんですか?谷垣さん…」

「お前が、そこに行けば、全て解るよ…」

そう呟くと、谷垣は、止めていた足を再び動かし、歩き出した。
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