本当は怖い愛とロマンス
俺は、さっき、自分の車を停めた駐車場に向かおうと来た道を戻っていた。
しばらくして、さっきの「sometime」という店が見えてきた。
そのまま、俺は、店の前を通り過ぎようとしていた時だった。
ビルの隙間のゴミ置場に置いてあるダストボックスの中に、大きなゴミ袋を放り込んでいるエプロン姿の隼人を見かけた。
俺は、ゴミを捨て終わった隼人が出てきて、見えてない隙に、咄嗟に隼人の方を向いて本人だと確認すると、自分の顔が、見えない様に背中を向けて素早く道路の左側のビルの物陰に移動して、ひっそりと息を潜めながら、隼人の様子を伺っていた。
隼人は、そのまま、何も気付いていないようで、スボンのポケットから携帯電話を片手に誰かに電話をかけて、話始めた。
「今、どこにいんの?厨房からさっき見たらいないから、またいなくなったのかと思ったよ。」
そう言って、満面の笑顔を見せながら、隼人は、電話の相手と話していた。
「バイトもうすぐあがれるから、直ぐ店戻ってこいよ。後で一緒に晩飯でも食いに行こうぜ。なっ?渚。」
その後、隼人は嬉しそうに電話を切ると、足早に「sometime」という店の中に戻っていこうとしていた。
一部始終を聞いて、見てしまった後で、その時、俺は激しい胸の動悸を覚えていた。
心臓の速さは速くなっていく。
止まらない。
なんだよ、これ…
胸に一気に言いようもない怒りだけが押し寄せて、全身の血が頭に上っていくのが解った。
俺は、店の中に入っていこうとする隼人の肩を掴んで、振り向いた瞬間、有無を言わさずに殴りつけていた。
肩を上下させながら、俺の身体からは、少し汗が滲み出て、耳には、自分の胸の音だけが聞こえている。
上から地面に倒れた隼人をじっと見おろしていると、仕返しだと言わんばかりに、隼人は、俺の胸倉を掴んで、殴り返してきた。
それから、圧倒的な力で、体を抑えつけて動けなくなった俺にそのまま馬乗りになると、隼人は笑いながら、言った。
「久しぶりですね。本木さん。突然、俺を殴りつけるなんて、どういうつもりですか?あなたに突然殴られるような理由なんて、俺には見当たらないんですけどね。」
馬乗りになっていた隼人の身体を無理やり退かせて、胸倉を掴むと、俺は言った。
「ふざけるな。もう、渚を追い回すのはやめろ。さっきの電話もどういうつもりだ?」
「こっちが下手に出てりゃ、図に乗りやがって。なんで、あんたに俺が、そんな事、言われなきゃいけねぇの?」
隼人は、胸ぐらから、俺の腕を振り払うと、口の中に溜まった血を地面に吐き出した。
「悪いけどさ、あんた何様だよ?あんたに渚の事で俺は、説教される覚えもねぇんだよ。そういうの本気でうざってぇんだよ。」
隼人は、服についた汚れを手で払い落としながら、俺の姿に呆れた顔で、立ち上がると、店の中に戻ろうとしていた。
すると、太陽の光に反射して、こっちにだんだん近づいてくる人影が見えた。
「隼人ー!」
聞き覚えのある声。
そう、ついさっきまで、俺が話していた女。
「何してたんだよ。渚。」
「ごめん…」
太陽の光が角度を変えて、俺が見たものは、照れながら、隼人に笑いかける渚の姿。
太陽だと、俺が思っていた光は、目を瞑っていた俺だけが見ていた勝手な幻想で、目を開けると、本当は、真っ暗な夜の中に輝いていた月だったと知った。
隼人は、殴られた跡を渚に指摘されると、未だにビックリして動けない俺の方を指指して、渚の視線を無理矢理、俺に向けさせた。
「渚、これ、どういう事だよ?」
すると、渚は、俺の顔を一瞬ちらっと見ると、さっきとは違う冷たい口調で、俺に言葉を浴びせてきた。
「もう、私の事は、放って置いてください。こういう事されるの迷惑なんです。二度と…私の前に現れないでください。」
そう俺に言った渚の横顔を見て、隼人は黙って、勝ち誇った様にほくそ笑むと、渚の手を引いて、そのまま、二人は一緒に店の中に入って行った。
俺は、ただ、その光景を見ている事しか出来なかった。
何より信じられなかった。
しばらくして、時間が経つと、今までの渚との出来事が走馬灯の様に、俺の頭の中に何度も駆け巡っていた。
全ては、俺の思い過ごしで、今まで見ていた渚は、ただの俺の中で作り上げていた夢だったのだろうか。
悪い女に、馬鹿な俺が、ただ騙されていただけだったのだと、渚のさっきの一言で、美しい夢から現実に引き戻された気分だった。
そして、突然の呆気ない終わり方に、俺は、涙さえも出てこなかった。