本当は怖い愛とロマンス
LIVEのリハーサルを終えた中田が運転する車の後部座席に座ったまま、俺は、相変わらず会話のない車内の空気になす術もなく、窓から、ガラス越しに流れては消えいく夜の街の景色をただぼんやりと見つめていた。

そして、今日の夜空に浮かぶのは、無情にも綺麗に輝いた満月だった。

満月をこうして見る夜の風景は、渚と出会う前は、決まって、いつも、女と過ごしていた夜だったのを思い出していた。

ただ、寂しさを埋める為の愛情だけを求めていた俺は、本当の愛情を求める女の気持ちなんて考えた事もなかった。

でも今なら、誰かを大切に想う「好き」だという気持ちが解る気がした。

きっと、自分が望む愛情の形が相手には伝わらないと解った時、自分じゃ制御ができないくらい、胸がずっと痛んで苦しくなる。

何度も傷つけられて、傷つけて、隠しきれなくなって、気持ちが心の中で爆発する。

でも、やがて、それが自分勝手で一方通行の思いだったのだと、気付かされるんだ。

相手を責める事さえも出来なくて、結局、胸はどんどん苦しくなるばかりで、どうしていいか方法さえも浮かばず、空虚感だけが虚しく残る。

こんな想いを、12年もの間、俺は、知らないうちに誰かにもさせていたんだろうか。

渚より、タチ悪いな…俺。

そう思うと、俺は、なんて馬鹿で最低だったんだろうって思い知らされる。


そうしているうちに、車は、俺の家の前まで着いていた。

「お疲れさん。」

俺がそう言うと、中田は、軽くミラー越しに俺を確認しただけで、直ぐに目線を逸らした。

車から降りて、ドアを閉めると、中田は結局、明日のスケジュールや挨拶もなしに、そのまま車を走らせて、帰っていった。

「せめて、挨拶くらいしろよ…馬鹿野郎。」


小さく、文句を言いながら、ふと自分の家の前を見ると、下を向いて俺の帰りを待っている女が見えた途端、俺は、小さな期待と希望に胸を躍らせて、血相を変えて慌てて駆け寄った。

近づいてきた俺の姿に顔をあげたその女は、期待していた想いも虚しく、奈緒だった。

「久しぶりだね。けいちゃん。」

何、渚が待ってるなんて期待してんだ…俺は。

完全に振られてんだろ。

奈緒だとわかると、明らかに落胆したような態度と共に、大きなため息をついた俺は、ずっと待っていた奈緒を無視して通りすぎて、スボンのポケットから家の鍵を出すと、玄関のドアを開けた。

「ねぇ、けいちゃん…」

そんな俺の態度にめげずに、奈緒は、家の中に入ろうとする俺の服を引っ張って、止めようとした。

そんな奈緒の行動に、いつも以上に腹の虫の居所が悪かった俺は、乱暴に手を振り払うと、凄い剣幕で奈緒に怒鳴りつけた。

「お前さ、いつも、いつも、頼んでもないのに、うっとうしいんだよ!いい加減気づけよ!電話出ないのも、会いにいかないのも、1人になりたいからだって事くらい解れよ!」

俺は、その言葉を言った後、酷く後悔した。

奈緒に当たっても、最悪な状況が変わるわけでもないのに、上手く感情がコントロールできない。

逆にまた、問題を悪化させるって解ってるのに、優しくしてやれる余裕さえも、今の俺にはない。

最低だ。



すると、奈緒は、俺の後ろから、突然、抱きついて、言った。

「馬鹿!そんな強がっても、私には解るんだから。何年、けいちゃんといると思ってんのよ。けいちゃんにうっとうしく思われても、頼まれてなくても、ほっとけるわけないでしょ!」



昔から、奈緒は、いつも、俺にこうだった。

なぜか俺と渚が喧嘩したり、俺の機嫌が悪いと、決まって、家におしかけたり、校門の前で待ち伏せしたり、後をついて回ったりしていた。

冷たい言葉を浴びせて追い払っても、懲りずに、懐いてきた。


渚が死んだと解った日の夜だった。
そのまま実家に泊まってから、次の日の朝に、俺は、東京に帰る事にした。

久しぶりに家に帰るとお袋や親父は、渚が死んだ事を知っていたせいか、俺を見た途端、やけに気を使って扱って、変に俺が、お袋や親父の態度に気を使って言葉を選んで会話をした。
そんな優しさが、逆に俺を余計に惨めにさせた。
居心地が悪くて、どこか今からでも近くのホテルに泊まろうかとさえ思っていた時だった。

そんな俺の気持ちをまるで見てたみたいに、あの頃、まだ大学を卒業したばかりで、実家暮らしをしていた奈緒は、電話で、俺に近くの海に行こうと誘いだした。

海について、しばらく無言で歩いた後、急に立ち止まって振り返った奈緒は、俺に笑って言った。

「ここまでくれば、人もいないし、けいちゃんが、いくら泣いても、波の音がうるさくて、誰にも聞こえないね…変な事しないなら、今日だけ、私の胸貸してやってもいいよ。」

興味なんかねぇよ。お前みたいな女なんて。

そう言って、奈緒を置いて帰ろうとしていたつもりが、奈緒が俺に向かって両腕を伸ばして優しく笑ったのを見た瞬間、今までの感情が溢れ出して、俺の目からは、涙が溢れ出していた。

そんな俺に歩み寄ると、奈緒は、何も言わずに泣いている俺を抱きしめてくれた。

いつも、鬱陶しくて嫌いだった奈緒のお節介が、あの日だけは、少し嬉しかった。


「お前、なんで、昔から機嫌悪い時に限って、そんな俺に構うんだよ?冷たくしても、素っ気なくしても、懲りずに、後ついてきてさ。」

奈緒は、少し間を空けて言った。

「けいちゃんが辛い時、もし、泣きそうになったら、胸を貸せるのは、私くらいしかいないでしょ?」

そう言った奈緒の言葉に少し微笑むと、振り返って、俺は、奈緒を抱きしめて言った。

「誰が、二度とお前みたいな女なんかの胸なんか借りて泣くかよ…本当、お節介な女。」

奈緒は、相変わらず素直じゃない俺の言葉に胸の中で笑っていた。
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