本当は怖い愛とロマンス
その後、奈緒は、遠慮もなしに、俺と一緒に家の中に勝手に上がりこむと、俺より先にソファに座った。

そんな奈緒の姿を見た俺は、呆れかえってため息をつくと、言った。

「お前さ、ちょっとくらい仕事で疲れて帰ってきた俺に、気くらい使えないのかよ。」

奈緒は、その言葉に笑いながら、ソファから立ち上がると、冷蔵庫に入っていた缶ビールを空けて、グラスに注ぐと、腰に手を当てて、豪快に飲み初めた。

そして、一気に飲み干すと、ビールの泡を口につけて、幸せそうに笑った。


俺は、そんな奈緒の姿に、腹を抱えて、笑う。

「何がおかしいのよ?」

「いや、お前見てるとさ、男と女の間違いなんて絶対起きないなって。」

「失礼ね!」

「だってよ、女が、男の前で、風呂上がりの牛乳飲んでるみたいに、腰に手当てて、ビールなんか飲むかよ。そんな姿、好きな男の前だけでは、絶対見せるなよ。」

そう言って、俺は笑いながら、奈緒の口についたビールの泡を近くにあったティッシュを何枚か手にとって拭ってやると、自然と奈緒と目があった。

すると、奈緒が急に真っ赤な顔をしてはにかんだように、潤んだ瞳で俺の目を見つめているのに気づいた。

奈緒の胸の鼓動のリズムや息つがいさえも、本当は聞こえるはずはんてないのに、リアルに聞こえてくるような気もした。

そして、奈緒と俺との距離がだんだん近づいているような気がして、俺は、逃げるように目線を逸らすと、慌てて奈緒との距離をとるように離れた。

「馬鹿野郎!何、俺の前でマジな顔してんだよ。今更、俺の前で、そんな顔すんなよ。そんな冗談、笑えないって。」

焦ったように、取り出したタバコを咥えた俺の手には、少し、汗が滲んでいた。

「冗談に決まってんじゃない?何、本気にして、焦ってんの?馬鹿じゃない?あまりにけいちゃんが酷い事言うから、ビックリさせてやろうと思っただけだから。」

そう言った奈緒の方に目を向けると、いつもの笑顔が引きついっていた。

そんな姿を見て、俺は、ずっと一緒にいた奈緒が俺に抱いてる本当の気持ちにこの時、初めて気づいた。

「お前もさ、俺にそんなくだらない事いわれんの悔しかったら、いい加減、男くらいつくれよな。」

それなのに、そんな奈緒の気持ちに気付かない振りを必死で押し通して、俺は、タバコの煙を吐き出しながら、いつもの調子で奈緒にそう言った。

これで良い。

奈緒は、俺なんかより、別の男を選んで幸せになった方がきっと良いに決まってる。

「無理だよ…」

奈緒の方を向くと、顔を両手で隠して、泣いていた。

「もう、私、嘘つくの疲れたよ。」

俺は、その言葉に吸っていたタバコの火を静かに消した。

「けいちゃんだって、もう、気付いてるんでしょ?」

「お前さ、酒飲むと、本当、相変わらず、タチ悪いな。とりあえず、シャワーでも浴びて、頭冷やしてこい。」

俺は、泣いている奈緒の腕を掴むと、風呂場の方に無理矢理、連れて行こうとして、引っ張った。

すると、奈緒は、そんな俺の手を力任せに振りほどくと、言った。

「もう、そうやって、誤魔化さないでよ!」

俺は、深くため息をつくと、もう逃げられないと覚悟を決めた。

「悪いけど、奈緒の気持ちには、俺は、答えてあげられない。」

「それって、渚ちゃんのせいなんでしょ?」

「俺は、知りたいんだよ。渚が本当はどんな女なのか。なんで、嫌で逃げだした男と今、一緒にいるのか、谷垣さんが、渚とどういう関係で、なんで、俺が渚に近づくのをあんなに必死で止めるのか。お前に見せられた孝之との写真の事だって、何にもまだ、解っちゃいない。とにかく、俺は、今は、その事で頭がいっぱいなんだ!フラれてるって解ってるけど、俺は、まだ、好きなんだよ。」

「そんなの知って、どうするの?フラれてるなら、もう、渚ちゃんの事なんか好きでいたって、考えたって意味ないじゃん。私なら、渚ちゃんみたいに、けいちゃんの事、傷つけたり、苦しめたりしない。渚ちゃんより、私の方が、けいちゃんをずっと大切にできるんだから。」

そう言って、泣いている奈緒の頭を掴んで、自分の胸に押しつけるようにして、泣き止むまで、奈緒をなだめるつもりで、優しく、頭を撫でながら抱きしめた。
すると、俺の身体全体を通して、甘い誘惑のように、心地良い女の暖かさや匂いが伝わってくる。

なんで、こんなに、自分を「好きだ」と想ってくれる人といると、なぎさの時の様に苦しくならないのだろう。

それに、俺の事を想い、泣いてるのを見ると、少しでも奈緒の為になれるならと、優しくしてやろうとさえ思う。

好きになってくれた人を好きになれたら、どんなに楽になれるんだろう。

奈緒を抱きしめている間、そんな事を考えていた。

しばらくして、泣き疲れて、俺の胸で安心した様に寝てしまった奈緒をベッドまで運んで寝かせると、奈緒の眠る寝顔を見てから、ベッドルームのドアを音を立てないようにそっと、閉めた。

リビングのソファに寝転んでみたが、身体は、疲れているはずなのに、さっき、奈緒を抱きしめた時の暖かさが未だに残っているせいなのか、なかなか、俺は眠る事ができなかった。
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