本当は怖い愛とロマンス
ソファで昨日いつの間にか寝てしまっていた俺は、妙に焦げ臭い匂いで目が覚めた。
眠い目を擦りながら、携帯の画面に目をやると、まだ、朝の5時を回った時間。
窓の外だって、そんなに、まだ、明るくなってない。
キッチンだけに電気が灯されていて、立っている奈緒の姿が見えていた。
「お前さ、こんなに朝早くから、キッチンで何してんだよ?それに、この焦げ臭いのはなんだ?」
そんな俺の朝の第一声に奈緒は、振り返ると、少しムスッとした顔をしていた。
「失礼ね!けいちゃんに朝ご飯作ってあげてんでしょ。」
「はっ?俺の家の冷蔵庫の中、朝飯なんか作れるもんなんて、何も入ってなかっただろ。しかも、お前、また、頼んでもないのに、余計な事すんなよ。」
まだ頭も回っていない俺は、フラフラしながら、キッチンにいって冷蔵庫を確認すると、昨日より明らかに食べ物や食材の量が増えているのが解った。
「相変わらず、けいちゃんの家の冷蔵庫、何もないから朝から近くのコンビニ行って、買い足しといたから。昨日、泊めてくれたお礼に、私、先、仕事で出ていくし、その前に朝ご飯ぐらいならつくってあげようかなって…」
俺の方を向かずにそう言った奈緒の照れた横顔を見ると、俺まで、照れ臭くなった。
「礼はありがたいんだけどさ、お前、そもそも料理なんかした事あんのかよ?」
「あんまり、しないんだけど、今度は、簡単のにしたから上手くできたと思うんだけど!」
自信満々にそういった奈緒の言葉が信じられなかった俺は、後ろから、料理の様子を見てみると、真っ黒に焼けた卵焼きらしきものをフライパンから皿に移そうとしているのを見てしまった。
そして、既に皿には、炭のようなトーストが無造作に置いてある。
流しには、何度も失敗した野菜や違う食材の残骸が捨てられていた。
その光景を見ただけで、俺は朝から目眩がした。
本当は、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、嬉しそうに、作った朝ご飯が入った皿を並べたり、準備をする奈緒の姿を見ていると、全ての言葉を飲み込んで、寝癖だらけの頭を掻きながら、俺は、仕方なく、テーブルの向かいの椅子に座った。
目の前に、並べられた真っ黒焦げのパンと卵焼きを実際に目の前にすると、身体中から食べる前から脂汗が吹き出してくる。
ただただ目の前の料理を見て、言葉を失っている俺に、奈緒が、口に運ぶのを今か今かとキラキラした熱い視線を向けて、待ち望んでいるのが痛いくらい伝わってきた。
覚悟を決めて、一度深呼吸をしてから、口に、焦げた卵焼きを含んだ瞬間、口の中に焦げ臭さと苦味が、これでもかというくらい押し寄せた。
「どう?けいちゃん、美味しい?」
「美味いわけねぇだろ!」って今すぐにでも吐き出してやりたい気分だったが、こんな期待された声をして聞かれたら、さすがの俺も言えるはずがなくて、必死の思いで、口の中に残っていた物を飲み込んだ。
「ああ…まぁ、美味いんじゃない?好みは、分かれる味だけど。」
そう言って、真っ青になりながら、顔を引きつらせて笑った俺は、演技をする事に限界を感じて、堪らず、箸を置いた。
「あれ、もういいの?」
「あ…俺、朝飯って、あんまり食べないんだよ。いつも、抜いてるし。」
「ふーん。そうなんだ…」
そんな俺の言葉に、がっかりした様子の奈緒は、俺の目の前の皿をささっと片付けようと、手を伸ばした。
すると、皿を掴んでいる奈緒の指先には、全部の指に、絆創膏が張ってあるのを見つけてしまう。
それを見た俺は、奈緒が持っていこうとしていた皿を何も言わずに乱暴に奪いとった。
「ちょっと!急に何すんのよ!」
「やっぱ、全部、食う。」
「え?いらないって、さっき、言ったじゃない?」
「別に…さっきは、そうでも、今、急に腹減ってきたんだよ。昨日の礼したつもりで作ったなら、どうしようが、俺の勝手だろ?」
そう言って、皿に残っていた奈緒が作った料理を全部、必死の思いで完食した。
それと、同時に、慌てて、キッチンに走った俺は、冷蔵庫にあったミネラルウォーターで無理矢理、口の中にある物を流し込んだ。
「悪い。慌てて食べたら、喉つまらせちゃった。」
その時の俺は、涙目になっていたせいで、奈緒の顔が、滲んでぼやけて、上手く見る事ができなかった。
でも、しばらく経ってから見た奈緒は、何故か怒っていた。
「嘘つくのが下手!」
でも、俺の頭を叩いた強さが、いつもより弱々しい事が解っていた。
「ムカついたけど、嬉しかった。ありがとう。」
小さい声でそう言うと、皿を急いで片付けて、顔が真っ赤になったのを俺に隠すかのように、背中を向けてしまった。
俺は、その嬉しそうな背中をしばらく見つめていると、胸にこみ上げてくる感情に耐えられずに、何も声もかけずにリビングを出て、お風呂場に行くと、鏡に移った自分の顔を睨みつける。
俺は、問いかける。
なぁ、奈緒、なんで、俺なんか好きになっちゃったんだよ。
はっきりと昨日、自分が最低だったと気づいたはずなのに、奈緒に、もしかしたらって期待ばかりさせてる気がする。
本当は、お前をはっきりと冷たく突き放してやる事が、一番幸せだって解ってるんだ。
でも、俺は、昨日、お前の気持ちを聞いて、抱きしめた後、一瞬でも考えたんだ。
奈緒が俺を好きなら、昔の女みたいに寂しさや傷ついた自分を慰めてくれる相手になってくれればなんて。
俺は、真剣に俺を想う奈緒を利用しようとした。
だから、俺は、お前に真剣に想ってもらえるような良い男なんかじゃないんだよ。
俺は、声を殺して、泣いていた。
リビングにいる奈緒に聞こえないように、自分の右腕を思いっきり強く噛んでいた。
真っ赤に腫れた腕には、くっきりと歯型がついていた。