本当は怖い愛とロマンス
気持ちの行方

次の日、俺は全国ツアーの初日を迎えていた。
これから始まる半年かけて回る久々のライブに俺はキャリーバックと楽器と大量の機材を中田に車に積み込ませた。
東京でコンサートをした後、すぐに来週には大阪でライブの為4日間のライブの後前もって現地に向かう予定を組んでいた。
不機嫌そうにニット帽を目深に被りサングラスをした俺は腕を組んで後部座席に乗った。
そんな俺を一瞬ちらっと確認した中田は後部座席のドアを閉めて、運転席に乗り込んだ。
ミラーで俺の様子を確認しながら、車をコンサート会場に走らせていた。
会話らしい会話をしていなかった俺たちの間にはしばらく沈黙が続いていた。
すると、もうすぐ会場に到着する直前に中田が急に口を開いた。

「本木さん、今日何の日か覚えてますか?」

「今更、何馬鹿な事言ってんだよ?今日はライブ初日だろ?」

すると、中田は深いため息をついて一言呟いた。

「やっぱり、あなたは何も覚えていないんですね…僕は最後の最後にチャンスをあなたに与えたのに。」

ハンドルを力一杯右に回すとコンサート会場の地下駐車場まで一気にスピードを上げて、下っていく。
そして、中田が車を停めた瞬間、俺の窓ガラスをコツコツと誰かが叩く音がする。
車のドアをスライドさせて開けると、そこに立っていたのは上着のポケットに手を突っ込み、勝ち誇った様な笑顔をする隼人だった。

「久しぶりだね〜。本木さん」

左手をヒラヒラさせて隼人は挑発した様な挨拶をする。

「お前、今更何の用だ?」

俺は車から降りると、一目散に隼人の胸倉を掴んだ。
すると、隼人はポケットに手を突っ込んでいた右手にはナイフが握られていた。
そして、俺の喉にナイフの刃先を押し付けた。

隼人は笑いながら耳元でこう囁いた。

「悪いけどさ、その声さ今、俺にくれない?」

「ふざけるな!お前、俺にこんな事してタダで済むと思ってるのかよ?」

「いや、俺はさ頼まれて話にのっかっただけなんだよね〜ですよね?中田さん?」

そう隼人がいうと、運転席のドアが開き中田がコツコツと靴音を響かせながらゆっくりと出てくると、驚いた顔をした俺の目の前に立っていた。
その姿は、まるで普段からは想像できないほど怒りに満ちた顔をした別人だったのだ。

「どういう事だ?中田!」

「あなたにチャンスを与えたのに、あなたは忘れていた。今日が何の日か。僕は何年もの間片時も忘れてなんていなかったのに、あなたにとっちゃ遊びでも僕は本気だったんだよ!」

俺は中田の言葉を聞いてもサッパリ思い出せなかった。

すると、後ろで隼人が呟いた。

「山本優希…あんたに一年前に捨てられた女の命日だよ!優希は俺の姉ちゃんなんだよ…」

全身の血の気が引いていくのが解った。
それは俺が今までいい加減な気持ちで吐いて捨ててきた女の1人の名前だったのだ。

中田は泣きながら言った。

「僕は、あの頃あなたに言われて夜な夜な優希さんのマンションの下で待っている時間は胸を締め付けられる思いだった…僕は優希さんの事が好きだったんです。本木さんにとっては大勢の中の一人に過ぎなかったかもしれない。でも、僕には特別な人だった。」

中田と優希の出会いのきっかけを与えたのは俺だった。
最初は会釈程度の挨拶しか交わしていなかった二人が急接近したのは、優希が俺が他の女と遊んでいていない間にスタジオに押しかけた日だったらしく、俺の居場所をしつこく聞いてくる優希をなだめる為に中田は優希を食事に連れていったのがきっかけだった。
優希と中田は連絡を取り合うようになり、中田は優希と会って相談を受ける仲にまで親密になった。
でも、優希の気持ちは中田とは反対に俺に会えない時間が増す度に、俺への想いが増していった。
そして、俺が優希の家に来なくなってしばらくして、失意のどん底から這い上がる事ができず優希は自殺したのだった。

「彼女は最後の電話で僕に本木さんの声をあと一度だけ聞けたら諦めると泣きながら懇願して言った。僕は彼女の願いを叶えてあげたくてあなたに電話でちゃんと別れを告げるように何度もお願いしたのに、あなたは笑いながら他の女に電話をかけていた。優希さんの事なんて、あなたにとってはただの飽きてしまった興味のないおもちゃとしてしか見ていなかった。」

中田は背広のポケットから銃を出して、俺に向かって突きつけた。

「人生は不平等なんですよ。あなたはいつだって欲しいものは手に入れ、何だって持ってる。僕は失ったり、盗られてばかりだった。」

そういって銃のレボルバーを親指で自分の方に向けた。




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