本当は怖い愛とロマンス
朝目覚めると、いつの間にか眠ってしまっており、いつも1人きりで寝ていたキングサイズのベッドには俺の横に恵里奈がスヤスヤと眠っていた。
俺は横で頬杖をつきながら、彼女の寝顔を見て少し微笑んだ。
ベッドの横の棚から、ノートとボールペンを取り出すと、リビングに行き昨日置きっ放しだったメガネをかけた後、再び彼女の横に戻った。
そして、彼女の寝顔を見つめながら、俺はペンを走らせた。
この数日間、出てこなかった曲の歌詞が頭の中には恐いくらいに浮かんでいた。
俺はこの何十年も歌でメッセージを伝えることを続けてきて、夢や愛や形のないものは俺の願望や妄想を寄せ集めた取るにならないものであるとずっと思っていた。
でも、彼女と過ごして、俺は、その形の無い願望や妄想が、いつかは本当になり希望に満ちた現実のものになって欲しいと願いを込めて浮かんだ歌詞を書いていた。
直ぐに曲入れをする為にレコーディングスタジオに行こうと思い、俺は眠っている彼女を起こさない様にベッドから降りると、昨日からリビングに置きっ放しだった携帯の着信履歴を確認した。
奈緒からの留守番電話が一件入っていた。
聞こうと一瞬再生ボタンを押そうと思ったが、もっともな言い訳が見つからずに、押すのをやめた。
恵里奈に置き手紙だけを残し、自分の車でレコーディングスタジオに向かった。
朝からスタジオに行って、念入りに曲を修正をかけ直し、音に重みを出す為に何度も音入れをして音を重ねた。
スタッフが俺の電話で収集された時にはほとんど曲はクライマックスを迎えていた。
あとは、少し修正を加えたら完成というところまできた時だった。
近くまで打ち合わせに来ていた谷垣がスタジオに現れたのだ。
何も言わずに、俺の近くに寄ると、「外に出よう」と耳打ちした。
タバコを吸ってくるとスタッフ全員に告げると、俺はスタジオの外に出た。
すると、待ち構えていたように谷垣が腕を組んで、壁にもたれながら俺が出てくるのを待っていた。
出てくるや否や、俺がタバコを吸おうとジッポを出そうとした瞬間、力任せに殴りつけた。

「恵里奈に近づくなと言ったはずだ!お前のところにいるのはわかってるんだよ!あの子の事は忘れろと言ったはずだ!」

俺はよろけながら、なんとか利き足で体制を整えると、さっきの衝撃で切れた口の中の血をはき捨てた。

「俺だって、忘れたかったよ!全て幻で嘘だったと思いたかった!でも、彼女に会って気づいたんだ!俺は、彼女が好きだ。離れたくても、俺と彼女は離れられないって。」

その言葉を聞いた谷垣は笑っていた。

「そんなもん、ただの思い込みさ。お前だってわかってるだろ?人の気持ちがどれだけ脆くて、ガラスみたいに壊れやすいかって事は。」

谷垣の笑い声は俺の気持ちを嘲笑うようだった。

俺も歳を重ねてわかっていたつもりだ。

彼女はまだ若く、いつかは忘れて思い出になって消えてしまいかねないという不安定なその場しのぎの気持ちなのかもしれないという事も。

でも、俺は確かに感じた幸せな気持ちを無視出来なかった。

静かに谷垣の前で深く頭を下げると言った。

「あと、2日待ってください。俺の曲が出来たら彼女は必ず、病院に帰します。それまで、俺たちの事は放っておいてもらえませんか?」

俺の申し出に谷垣はYESともNOとも言わずにその場から去っていった。
ただ、谷垣は何も言えなかっのだ。
ミュージシャンとしての俺と男としての俺を知っていたからだ。
俺は今まで一度もどちらの立場でも谷垣に頭を下げた事はなかった。
それは俺の今までの人生での自信とプライドだった。
彼女を男として守りたいという気持ちとミュージシャンとしての約束。
それだけは守りたいと思った。











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