本当は怖い愛とロマンス
「よそ見してんじゃねぇ!」
男の振り上げた拳が、俺の顔面に見事にヒットする。
すると、その衝撃で、かけていたサングラスが床に落ち、俺の素顔が、その場にさらされた。
周りにいた客は、俺の顔を見た瞬間、どよめきだし、その様子を遠くで見ていた中田は、慌て出す。
そして、殴りつけた男もびっくりした顔で、目を大きくさせながら、俺の顔を見ていた。
後ろにいた女は、相変わらず冷たい顔をして起き上がると、俺の横に並び、男に言った。
「もう、こんな事、終わりにしてよ。迷惑なの!二度と私の前に現れないで!」
その言葉に、俺は、慌てて、その女の耳元で怒ったように言った。
「ちょっと、待てよ。何、また刺激してんだよ。」
その姿を目の前で見ていた男は、俺の正体に気付き、力が抜けていた拳をもう一度握りしめる。
「お前の言いたい事は解ったよ。渚…」
俺が引きとめようとした瞬間、男は、あっさり彼女の言葉を受け入れたかのように、俺の横を通り抜け、去り際に、彼女の方をもう一度振り向く。
男は、彼女に何か言おうとする唇を必死に噛み締めると、そのまま店を出ていった。
「すいません。こんな事にあなたみたいな人を巻きこんでしまって。私、原田渚と言います。」
女が、頭を下げながら、そう言った。
その言葉で、目の前にいる女こそ、手紙をだした原田渚と名乗っていた女だと思った。
そして、彼女が、偶然にも死んだ渚と全く同性同名だったという事。
改めて、彼女の顔をじっくり見ても、本当に死んだ渚が、生き返ってるんじゃないかって思うほどだった。
もしかしたら、渚はあの時死んでいたというのは嘘だったのかもしれないとさえ思った。
「あのさ…聞きたい事があるんだけどさ…」
意を消して、俺は、彼女に話しかけようとした時だった。
渚が、さっきの姿からは想像できないくらいの満面の笑みを浮かべていたのが目に入る。
俺の気持ちは一変した。
彼女の態度や言葉にさっきの男にも同情し、哀れみに似た気持ちさえも湧いていた。
自分の恋人が俺に対してあんな誘い出した手紙まで送った事を知ったら、さっていた男のプライドは、きっとズタボロだ。
そして、俺が現れ、騒ぎが大きくなり、周りに煽られるように、男がゴネるようなダサい態度とれなくなるのを彼女はねらっていたのか?
きっと、男は、最後の賭けであんな態度をとったのかもしれない。
彼女に追いかけてほしくて。
俺は、男として、隼人に同情していたせいか、それとも、彼女が12年前に死んだ渚と同じ顔をしていたからか、彼女の行動がどうしても許せなかったからだ。
「こんな事なら、助けなきゃ良かった」
渚は、俺の言葉に驚いたような顔をしていた。
「えっ?」
「あんたは、それでいいかもしれないが、あいつの気持ちはどうなる?」
「あんな奴の気持ちなんて、どうだっていい…私は、あの男から解放されたかったのよ。」
「きっと、うまくいかないときの方が多いだろうし、恋人につい、感情的になる事もあると思う。喧嘩の理由は、解んないけど、でも、さっき、あんたは、あんな奴でも止めた方が良かったんじゃないの?一度は好きになった男だろ?それをあんたは…あんな追い討ちかけるような真似…本当、あんた、男心もわからない最低の女なんだな。」
「何にもあいつの事知らないくせに…」
渚がそう言った後、俺は、我に返り、怒りに任せて言いすぎた事をひどく後悔していた。
それは、俺を見る彼女の目には、涙がたくさん溜まっているのを見つけてしまったからだ。
その涙は、美しく輝いて、頬に曲線を描いて、ゆっくり伝っていく。
「ごめん。悪かった。言いすぎたよ。」
謝っても、彼女は、泣くのをやめなかった。
焦った俺は、泣いている彼女をなだめようと手を伸ばした時だった。
突然、中田の声が割って入り、俺は、現実に再び戻された。
「本木さん!何やってるんですか?言わんこっちゃない!とにかく、早く行きますよ!」
中田は俺の腕を掴んで引っ張ると、レジに財布から出したお金を急いで置くと、無理矢理、店の外に引きずりだした。
駐車場に置いていた車に乗るなり、中田は、怒り出す。
「どうするんですか!あんな一般の人と揉め事起こして。だから、僕が注意したじゃないですか!さっきの女の人も泣かしたりして、また逆恨みされますよ。」
「悪いな。つい、黙ってられなくてな…でも、まぁ、これで良いネタが出来たじゃないか!」
そう言って笑いながら、俺は、渚に似た彼女を見ていたのは、俺1人の妄想なんかじゃなかったと中田との会話で俺は、再確認した。
俺が見た渚は、現実で、夢じゃなかったんだ。