本当は怖い愛とロマンス
次の日の朝、マスコミがだいぶ引いた事を窓越しに確認した俺は電話で龍之介を自宅に呼び、車で彼女を病院に戻す様に伝えた。
昨日の夜から俺は、恵里奈と口を聞いていない。
お互いの気持ちを曝け出さないまま、俺は彼女から逃げたんだ。
恵里奈と病院から借りていた機器を後部座席に積み込み終えると、じっと俺を悲しい目で見つめる彼女を無視して車のドアを何も言わずに閉めた。
そんな俺と恵里奈のただならぬ様子に龍之介は心配そうに声を掛けてきた。

「あの本木さん、彼女を病院に戻すって言い出したのは、昨日僕が電話で本木さんにした話のせいで喧嘩したからじゃ…」

「違うよ…こうなったのは、俺が弱かったからだよ。」

そう静かに呟く俺は、どれだけ情けなく見えていたんだろう。

信じたいと思えば思うほど、また違う話が湧いて出てくる。
苦しくても疑いたくないと、必死に愛そうと思えば思うほど状況は悪化する。
そして、どんどん周りを巻き込んで行く。
だから、俺が昨日一晩中悩んで出した答えは彼女を病院に戻し、彼女にはもう二度と会わないという選択だった。

「本木さん、俺、会社に一回連絡入れます…」

龍之介はわざとらしく、車から離れ電話をかけに行った。
それは、俺と恵里奈の最後の時間への配慮だったのかもしれない。
後部座席のサイドドアを開け、恵里奈の横に静かに乗り込む。

恵里奈は下を向いたまま、何か言いたげな表情なのに先に言葉を切り出そうとはしなかった。

「ごめんな…最後まで、信じてやれなくて…元気で…」

俺は恵里奈の頭に右手で優しく触れる。
そして、ゆっくりと彼女に触れていた手を離すと、車を降りようとドアノブに手をかけた。
その時、色々な感情が走馬灯の様に駆け巡り自然に涙が滲んでいた。
俺はこぼれ落ちそうになった涙を堪えきれずに泣き顔を見せぬまいと、恵里奈から顔を背け、出て行こうとした。
その時だった。
恵里奈は、俺の服を強く掴み、振り向いた俺に笑顔で言った。

「さよなら。」

俺はそのまま振り向かずに、サイドドアを開け車から降りた。
丁度、龍之介が電話をし終えて、車に戻ってきて、俺の顔を見て心配そうに言った。

「本木さん、大丈夫ですか?」

「なんでだよ?」

「本木さん、今見たことないくらい辛そうな顔してるので…」

自分でも気づかないくらい俺は、期待していたんだ。

あの時、恵里奈が俺の服をつかんだ瞬間、どこかで、引き止めてほしいと思う気持ちが僅かながらあった。

でも、彼女はそれをしなかった。

気持ちを確かめるように、俺が切り出した別れを彼女は受け入れた。

その時、俺は自分が思い上がっていた事に気付いた。
彼女と俺の気持ちの尺度は、最初から違っていたと言う事に。
そして、追いかけても追いかけても一生彼女の気持ちはつかめないって事にも。
それは愛情が深ければ深いほど、俺は見えない不安でたまらなくなるからだ。


その時、俺は情けなく見えても良かった。
溢れ出す行き場のない気持ちで涙が止まらなかった。




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