本当は怖い愛とロマンス
俺は、電話口に出た奈緒の声に動揺していた。
警察が来た事、奈緒が疑われていた事、そして、恵里奈を刺したのは奈緒なのかいう事。
聞きたい事や伝えたい事があまりにもありすぎて、頭の中でどんな言葉を最初に切り出せば良いか解らなかった。

「けいちゃん、ごめんなさい。」

奈緒が謝る事で、全ての疑いが自分のせいだと言っているように聞こえてくる。

「どこにいる?」

「えっ?」

「話がある。」

「今、出たら…けいちゃんが。」

「構わないよ。お前と話したいんだ。」

どちらにしろ、俺のスケジュールはしばらく真っ白だろう。
俺は奈緒をなだめ、奈緒が電話で話した場所に車で向かおうとした。
車庫のシャターの入り口を開けると、マスコミが群がってくる。
群がる人混みをクラクションで蹴散らし、俺は、しばらくの間見ていなかった久しぶりの
外の景色を見た。
目深に帽子を被り奈緒が身を隠している約束したホテルに着くと、車の鍵をボーイに無言であずけ、電話で聞いていた部屋を訪ねた。
チャイムと同時にドアを開けた奈緒は、少し頬がこけ、俺の姿を見た瞬間、何も言わずに涙ぐみ胸にとびこんだ。
俺は、奈緒の頭を撫でながら、内心、生きている奈緒の姿を見た時は安心した自分がいた。

しばらくして、俺はソファに座りタバコに火をつけた。
泣き腫らした目をした奈緒が、俺の目の前にゆっくりと座る。

「ごめなさい。」

そして、奈緒は俺に謝ってきたのだ。
俺は、その言葉にイライラしたように吸っていたタバコを灰皿に強く押しつけて消すと、言った。

「電話でも今も謝ってばかりじゃ、お前が恵里奈を刺したって俺に言ってる様にしか聞こえねぇんだよ!」

俺は、電話口での奈緒の声を聞いた時から思っていた。

きっと、奈緒は何か俺に助けを求めている。
そんな気がした。


俺の言葉に奈緒の身体は震えていた。
震える身体に静まり返った室内に息遣いさえも聞こえてくる。

「私じゃない。」

奈緒はポツリと力なく呟いた。

「私は、けいちゃんに会いに行った。そしたらドアが空いてて。誰か居ないか入ったら彼女が倒れてた。私、どうしたらいいか…怖くなって逃げだした。」

奈緒は震えていた。
その時の事を思い出していたのか、遠くを見つめる目は恐怖心でいっぱいだった。

「悪かった…俺は…」

それ以上、俺は言葉を続けなかった。
奈緒の気持ちを逆だてる気はない、ましてや嘘をつく様な女じゃないって事はわかってた。

「でもね…」

奈緒は俺の顔をまっすぐと見つめて言った。

「彼女の刺された姿を見た時、私、嬉しかった…」

奈緒はそう俺に言った後、声を上げて泣いた。

罪は、直接手を下さない罪もある。
誰かを疎ましく思い、妬ましいと思う、その気持ちも罪なのだとしたら、罪の重さは全ての人間に与えられるものだろう。
人は、自分にないものを欲しがり、そして、自分を不幸だと思う。
幸せの尺度は、人それぞれ違う。
きっと、幸せと嫉妬は紙一重なのだと。












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