本当は怖い愛とロマンス
俺は奈緒に笑顔で嘘をつく。

「大丈夫だ。」

「心配ない」

「俺に任せろ。」

約束された根拠のないうわべだけの言葉を奈緒に向かって喋る俺は、うまく笑えていただろうか。
目の前にいる奈緒には、絶対に弱音を吐く姿を見せないようにしていた。
不安定な奈緒をこれ以上刺激はしたくなかったからだ。
さっきの奈緒の恵里奈に対しての気持ちを聞いてから、女の嫉妬と執着心がみえた気がした。
それは、女らしいとも言えるのだろうが、男の俺からすれば恐怖以外の何物でもない。
いつ、その気持ちが自分に向けられるかという心配すら浮かんでいた。
それに加えて、一時の感情で奈緒と共にした夜の事を考えると、心配する一方で引け目を感じて強く出られずにいたのも確かだった。

「けいちゃん…」

奈緒が俺の手に触れようとした瞬間、反射的に直ぐに手を引っ込めた。

数秒間の沈黙が流れる。

「悪い。今、俺そんな気分じゃないんだ。これから用事あるから、そろそろ行くわ。」

うまく言葉を切り替えせていたのか、慌てた振りをした俺は胸の高鳴りが激しくなる。

「そっか…なんか忙しいのにごめんね。」

奈緒の普通の言葉に、笑顔を向けながら静かに俺はほっと胸を撫で下ろす。

「また、連絡する。じゃな。」

ドアまで送ってくれた奈緒の頭を撫でた後、奈緒の顔を見ずに、直ぐにドアを閉めた。
直ぐにエレベーターでホテルのロビーまで一気に降りると、俺はボーイから車の鍵を受け取り、逃げるようにホテルから出た。
運転中ずっと考えていた。
俺は、何のために奈緒に会いに行った?
真実を確かめる為?それとも嘘を見抜く為?
奈緒が俺の手に触れようとした時、俺は背筋がゾッとしたんだ。
こんな状況でも、奈緒は俺を求める事に。
そして、それを受け入れようとする俺自身の身体にも。
これ以上、あそこにいると、本当か嘘か何もかも見極める事さえも誤魔化されていく様な気がした。

俺は、もう嘘なんてウンザリなんだ…

信号まちに捕まった時、ハンドルに頭を押し付けて、俺は大きなため息をついて、しばらく目を瞑る。

色々な事があり、何もかもに体力を奪われていたせいか、ここ数日満足には眠れていなかった。

ピークまで膨らんだ不安と疲労感は、俺に再び走らせる意志さえもストップさせていた。






< 85 / 109 >

この作品をシェア

pagetop