本当は怖い愛とロマンス
家に帰らずに俺が助けを求めたのは、孝之だった。
店のドアを開けると、「いらっしゃいませ。」という声と共に孝之の入ってきた客に対して向けようとした笑顔が俺の目に映る。
孝之はドアの前に立つ俺だと気付き、表情を見た瞬間何かを感じとったのか、一瞬眉が下がり悲しそうな目で俺を見た後、数秒後にはさっきに負けない満面の笑顔で俺に笑いかけた。

「何つったってんだよ?ここ座れよ。」

そう行って、カウンターから出てきた孝之はボーッと立ち尽くしていた俺の腕を引っ張って、目の前のカウンターの席に座らせた。

「いつものバーボンロックでいいか?」

孝之はグラス片手に氷を入れると、俺にそう聞いた。

俺は、何も言わずに頷く。
つくづく俺は都合のいい人間だと思った。
弱っている時ほど、誰が自分に優しくしてくれるかを知らず知らずのうちに使い分けている。
当たり障りのない孝之の優しさに俺はただ甘えていた。
孝之なら、どんな俺でも受け入れてくれるという気持ちが少なからずあったからこそ、自然とこの店に足が向いた。


バーボンを一気に流し込むと、堪えきれずに頬には涙が伝っていた。

「佳祐…?」

それから他の客に呼ばれても、孝之は笑顔で受け答えはするが、俺の目の前のカウンターから動こうとはしなかった。
ただ、この時は俺の気持ちを悟ったかの様に何も聞こうとはせず、グラスが空くとバーボンと氷を入れ、差し出した。

数時間後、客も疎らになった頃、俺は酒が回ってきたのか、カウンターにうなだれながら呂律さえ回らないたどたどしい言葉で孝之に絡んだ。

「俺は最低なんだ…恵里奈は何の罪もない、だって解ってる。でも、自分の気持ちがついていかない。俺は…見捨てたんだ。」

ただ、俺は誰かの言葉が欲しかったんだ。
きっと、どんな答えであろうと、この苦しみから救ってくれるのならどんな言葉でも受け入れるつもりだった。

孝之は口元を緩ませ、クスリと笑う。

「佳祐は、優しいんだなぁ…」

俺は言葉を詰まらせ、イライラした感情をぶつけるようにグラスのバーボンを一気に流し込む。

「佳祐、同情と愛情は違う…愛していないなら、今すぐあの子に二度と関わらない方がいい。中途半端な優しさが、相手を深く傷つける事にだってなる。」

「恵里奈には…俺しかいないんだよ…あいつは…独りぼっちで誰からも愛されずに、本当の愛情に飢えてるんだ…」

その言葉に孝之は大笑いした。

「佳祐、それは間違ってるよ。人は生まれてくる時も死ぬ時も1人だ。全ての人間が孤独なわけじゃないかもしれないけど、孤独は人にはつきものだ。誰かの助けを求めても、助けがない人間だっている。人は、環境に順応していく…傷が深いほど、人は強くなるし、残酷にもなる。愛情は、平等じゃないんだよ。」

俺は、その孝之の言葉を聞き終わると、酔い潰れ意識を失った。

夢の中で俺は元気だった時の死んだ渚に会った。

ずっとずっと、会いたかった。

孝之は孤独の中で人は忘れていくと言った。

でも、俺は、夢の中の渚を抱きしめ、泣いていた。

夢から覚めずに、何もないこの世界の中でずっと一緒にいたいとさえ本当に思った。
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