本当は怖い愛とロマンス
次の日目が覚めると、俺は自分の家のソファで寝むってしまっていた。
孝之が運んでくれたのか、丁寧に毛布までかけてある。
身体を起こすと、まだ昨日の酒が抜けていないせいかズキズキと鈍い痛みが走った。
よろけながら台所に行くと、ラップがかけてある朝食が置いてある。
冷蔵庫のミネラルウォーターを一気に飲み干し、大きな溜息をつく。
俺は行き先を失った様な絶望感と目的を失った空虚感を感じていた。
真実を知りたくて、寂しさを埋めるように愛情を求め、一瞬の幸せな気持ちを得たものの、また真実を知り地獄に突き落とされる。
今はただ、これ以上本当の真実を知る事が怖くてたまらなかった。
何日経っても身体の気怠さは無くならず、病院に行くと医者は軽いストレスだろうと診断した。
そして、しばらくの数日間は環境を変えた場所で何も考えずに休養をとるようにと勧められた。
ぽっかりと穴が空いたような気持ちのまま、俺は龍之介に連れられ休養も兼ねて所有していた熱海の別荘にしばらく行く事にした。
環境を変えれば、何かが変わるかもしれないと龍之介は道中の車内で安易にそんな事を言っていた。
俺はただイヤホンを耳につけたまま、龍之介が話しかける言葉を全て受け流す。
ちょうどイヤホンから流れてきた音楽はいつも聞いていたボブディランの「風に吹かれて(Blowin’ In The Wind)」だった。
自分が求めている答えなど誰が教えてくれるはずもなく、ただ風に吹かれていく。
自分で感じるままに自分自身の答えを見つけ出すしかない。
そんな意味が込められた歌を聴きながら、俺は窓の流れる景色をぼんやりと見つめた。
熱海に着くと、龍之介が何日か分の荷物が詰まったスーツケースを車から下ろし、別荘まで運び出してくれた。
俺は外のテラスに座って、ぼんやりとタバコを吸ってはテーブルの灰皿にタバコを押しつけ、また新しいタバコに火をつけていた。
すると、ポケットに入れていた携帯が鳴る。
何も言わずに通話ボタンを押すと、電話の相手は孝之だった。
「佳祐、大変なんだ…奈緒が警察に連れてかれて今、留置所だって電話があったんだよ。」
孝之の言葉に何も相槌も打たずに、俺はタバコを吸いながら携帯から聞こえる孝之の話を黙って聞いていた。
「おい!佳祐、聞いてるのか?」
俺はその孝之の問いかけにただ一言ぽつりと言った。
「そうか…」
「俺は今から警察に行くから佳祐も一緒に…」
俺は孝之の言葉を遮るように冷静に言った。
「知り合いに腕のいい弁護士がいるんだ…電話を切った後に連絡しておくよ。直ぐに留置所から出られるように頼んでおくから。」
俺の気のない言葉を聞いた孝之は言った。
「佳祐…お前、どうしたんだよ?奈緒が警察沙汰になるような事したと思ってるのか?だからそんな白状な事…言ってるのか?」
「違うよ…」
「じゃ、どうしてそんな事が言えるんだ?」
持っていたタバコの灰が落ちそうになった時言った。
「もう、お前達と関わりたくないんだ…」
「佳祐…?」
俺は孝之が次の言葉を話そうとする前に電話を切った。
そして、俺は相変わらず、ただぼんやりとタバコに火をつけては吸っていた。
そんな俺の姿をずっと見ていた龍之介は、無理に満面の笑みを作ると、俺に近づいて言った。
「ここ本当空気良いですよね!絶対いい療養になりますよ。直ぐそばに海もありますし!」
「下手に笑うの止めろ…顔が引きつってるぞ。ペンと書くものあるか?」
龍之介は上着のポケットからペンとメモを取り出すと俺に手渡した。
俺は無言で手渡されたペンのキャップを外し、メモにスラスラと番号を書くと龍之介にそのメモを手渡した。
「今日中に会社の顧問弁護士に連絡を繋いで、早いうちに留置所の中にいる知り合いを出してくれと伝えてくれないか。俺からだと言えば良い。あと小切手を向こうの提示した額を切っといてくれ。額はいくらでもかまわないから、向こうに書かせてやれ。」
手に持っていたメモを龍之介は強く握り締めると言った。
「そこまで助けるのなら、なんであんな言い方を…?本木さん、療養を理由にして、本当はここに…」
「龍之介…クビにされたいのか?」
「僕は…」
龍之介は肩を震わせて泣いていた。
俺はその姿に深い溜息をついてタバコにまた火をつけた。
「早く東京に帰れ…俺が頼んだ事をちゃんとやるのが、お前の仕事だ。」
何も答えずにただ立ち尽くし、泣いている龍之介を無理矢理車に押し込め車で帰すと、俺は、別荘にずっと置いてあった年代もののウィスキーをグラスに注ぎ、一口呑んだ。
頭の中ではずっと自分の人生の思い出が走馬灯の様に駆け巡っていた。