本当は怖い愛とロマンス
ソファに寝そべり、タバコを吸いながら江理から渡された台本を読んでいた。
あの江理からこんな言葉の発想が生まれるなんて俺は思いもしなかっただろう。
久しぶりに、左手でギターのコードを無意識に弾いていた。
その時、俺は改めて感じて、自分で笑ってしまった。
どうしても魅力的な言葉を見たりすると、頭の中でリズムを刻む癖が抜けない。
もう一度ソファに思いっきり寝そべり、頬杖をついた。
「小野江理か…。」
そう呟くと、俺は読み終えた台本をテーブルに置き、リビングの電気を消すと瞼を閉じた。
次の日の朝、昨日の言葉通り江理はチャイムを鳴らした。
俺はチャイムの音に頭を搔きむしりながら、近くに置いてあった腕時計を確認すると、まだ朝の7時になったばかりだった。
インターホンを確認すると、俺は眠たい目をこすりイライラしながら、玄関のドアを開けた。
「おはようございます!」
耳がキンとなる様な元気な声に俺は耳を塞ぎ怪訝そうな顔をした。
「お前はうるさいんだよ…朝から。」
「あの台本読んでいただけました?」
俺はあくびをしながら、軽く首を縦に振り頷く。
「じゃあ…」
俺はリビングから台本を持って来ると、台本の角で期待に満ちた表情をした江理の頭を軽く小突く。
「言ったはずだ!俺はあの曲は発表するつもりもなけりゃお前の脚本のドラマにも曲を提供する気もない。お前の台本は暇つぶしに読んだだけだ。」
「そんな…」
江理はあらゆる手を尽くしたのか、初めて言葉をなくしてがっかりした顔をして、肩を落とした。
その姿を見て、俺は今まで何日間かの一生懸命な江理の姿を見てきたからか少し励まさなければと妙な考えが浮かんだ。
「まあ…他のミュージシャンを探せば間に合うだろ?それに、お前の書いたあのドラマの脚本ならなかなか面白いし、才能はあるんだからさ、妙な意地なんか捨てて…」
言葉を続けようとすると、江理は俺の肩を興奮したように強く掴み、顔を近づけて言った。
「本当ですか‼︎私、あの脚本は一年かけて作ったんです。ストーリーの段階で凄い悩んで、取材も何回もして…」
「あのさ…手痛い…」
呆れた顔で俺は江理の手に目線を送る。
慌てて、江理は我に返り平謝りした。
「とにかくさ…そういう事だから、頑張れよ。」
俺は話を終わらせようと、玄関のドアを閉めようとすると、また、江理はドアの間に手を入れて静止する。
「本木さん!」
俺はため息をつきながら、しつこい江理の態度にめんどくさそうな顔をする。
「まだ、何か?」
「マネージャーの増田さんから伺いました。本木さんはもうしばらく曲を書かないかもって…それはどうしてですか?」
「そんな事…お前に答える必要はない!帰ってくれ!」
俺は鬼の様な形相で江理の手を無理矢理ドアから手を外すと、ドアを勢いよく閉めた。
それと同時に開きかけた心のドアは一瞬にして鍵がかかる。
江理は「ごめんなさい…」とだけ呟いた後、帰って行った。
傷つけたくなどなかった。
でも、俺には江理は眩しすぎたのだ。
それにあの歌だけは、どうしても恵里奈のためだけの歌にしたかった。
彼女だけを想いながら作ったあの歌は、他の誰でもない彼女だけのものだからだ。
俺は、不意に首につけているシルバーのネックレスを強く握り締めると、ウィスキーの瓶に手を伸ばし、いつものように泣きながら何度も空いたグラスにウィスキーを注ぐ。
そして、酔い潰れて眠りにつく。
これが俺にとってはいつもとからわらぬ…そう、ただの1日だ。
いつもと変わらず 毎日が同じように悲しくて、1人ぼっちで過ごす日。
そう、何も変わらない日常なんだ。