神さまのせいでタイムスリップ先が幕末の京になりました
「宮野さん、戻ってきましたよ」
そんな言葉で詩織は目が覚めた。
沖田の背の上で揺られているうちにいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
出かける前に出てきた見慣れた勝手口の前に立っている。
「ここは...前川邸ですか?」
「えぇ。
静かに戻りましょう、彼に見つからないよう ───」
「だぁれに見つからないようにってか?
もしかしてオレに、か?」
沖田の言葉を遮ったのはしかめっ面の藤堂。
どうやら 雨に濡れながら 詩織たちが帰ってくるのを待っていたようだ。
でも、目の前にいるのは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべているのは、詩織の知らない藤堂の姿。
思わず詩織の口から出る疑問の声。
「誰、ですか?」
「それはこっちの言葉だぜ、女よ。
もしかしておまえは沖田の恋仲か?
それならそれでいいが ここに連れてくるのは違うんじゃねぇか、沖田」
「すみません。
ですが、彼女は雨に濡れています。
話は後にしていただけませんか?」
「後に、ねぇ...
まぁオレは構わねぇぜ?入れよ」
そう言って藤堂は前川邸へと入っていった。
言葉遣いが普段と全く違い乱暴な藤堂。
しかも詩織のことを知らない。
ショックで呆然と藤堂を見送る詩織。
「沖田さん、藤堂さんはいったい...?」
「もう一人の藤堂、というべきでしょうか。
ですが、今は はやく中に入りましょう。
風邪をひいてしまいます」
「はい...」
ブルンと寒さからか詩織は震えた。
確かにこのままでは風邪を引くのも時間の問題。
急いで中に入った二人を迎えたのは斎藤。
床に着物からの水が自然と滴る二人を見て 笑いながら迎える。
「おー ずぶ濡れ共のお帰りか」
「さっそくだけど 一くん、ごめん
手ぬぐい持ってきてくれない?」
「...あぁ、少し待ってろ」
そう言って斎藤は奥へ行き、すぐに手ぬぐいを持ってきた。
「ほらよ」
沖田には手渡し、詩織にはそのままガシガシと頭を拭いてやる。
そして詩織の耳元に顔を近づけ、コソッと囁く。
「おまえも災難だったな」
「えっ?」
「藤堂のことだ。驚いただろ?」
「はい、驚きました」
「まぁ、体質だと思って諦めることだな」
斎藤は苦笑しながら言う。
そんな斎藤にムッとしながら詩織は答える。
「藤堂さんのことはなんとなく理解はしました。
ですが、私は 斎藤さんが私の頭を拭いていることにも驚きですよ」
「そうか?」
当たり前のように詩織の頭を拭いている斎藤だが、いくら何でもコレが普通でないことぐらい詩織でも分かる。
そんな詩織の横で うんうんと頷きながら 沖田も髪を拭きながら続ける。
「僕も驚きだよ。
だって宮野さんって全然一くんが好きな部類じゃないじゃない?」
「まぁ そうだな」
本人を目の前にして なんてことを言うんだ!
ガーンとショックを受け、俯く詩織。
「だが、ただ気になるだけだよ」
優しく微笑みながらのそんな斎藤の小さな言葉も 詩織は 髪を拭かれていたせいで聞こえなかった。
しかし 良い事を聞いたとばかりにニヤニヤとする沖田。
「一くんがそんなこと言うなんて意外ですねー」
ケラケラと笑いながら言う。
カァーッと顔が真っ赤に色づく斎藤。
自分でも失言だったと思ったようだ。
特に沖田の前では。
照れ隠しか 詩織を拭く力が強くなる。
「痛いですって、斎藤さん!」
「あぁ、悪いな」
そう口に出すも力は弱くならない。
自分で拭く方が髪が傷まないかもしれない
そう考え 斎藤から手ぬぐいを奪い取る。
「もう大丈夫ですから!後は自分でします!」
「...だが髪はもう拭かなくて大丈夫だと思うが?」
そんな戸惑うような斎藤の言葉に おそるおそる髪に手を伸ばすと あら不思議。
すでに乾いているではないか。
デジャブ。
こんなやり取りさっきもした、沖田と。
「...斎藤さん、ありがとうございます」
沖田のケラケラとした笑い声が 屋敷中に響き渡った。