神さまのせいでタイムスリップ先が幕末の京になりました
だが、そうさせないように行動をするのが詩織の役割だ。
詩織は微笑む。
普段は絶対にしないほどの冷たさをまとわせて。
「斎藤さん、今日は私と一緒に待っていましょう?」
「「はっ?」」
「馬鹿なことを言うな、なぜ俺が──」
「私が斎藤さんといたいだけです。ダメ…ですか?」
「あぁ、ダメだな」
所詮は小娘。
恋慕なんてものはなく、絆されるわけもない。
ただ、昔のことを思い出した。
斎藤さんに迫られたことがあったことを。
冗談だったかもしれないけれど、女好きであることには変わらないだろう。
打って変わって詩織はこれまでで一番の色気をまとわせたつもりで微笑んだ。
「今日だけは、私を好きにしてもいいですよ?」
震えるな、私は決めたでしょ?
芹沢さんを、今“だけ”は助けるのだと。
その為には、腹痛を起こして船を途中で止め、力士との争いの元となる斎藤さんだけは連れて行かせてはならない。
斎藤さんへ手を伸ばす。
指先が微かに震えた。
けれども、芹沢が詩織の手を掴んだ。
詩織は驚いて、思わず震えも止まる。
「小娘、お主は何を隠してる?」
「……ッ!」
芹沢の目を見て、詩織は背筋が凍った。
笑っていなく、若干の殺意があった。
「何故、斎藤を止める?」
「今は、言えません」
「小娘!」「芹沢!」
芹沢と斎藤の声が重なった。
鉄扇を構えた芹沢の前に、斎藤が詩織をかばって前に立つ。
芹沢に掴まれた手は未だに離されない。
キリキリと、だんだん締め付けられる。
怖い、でも、怖いからと何も言わなければ、目の前に立っている斎藤さんが私の代わりに打たれる。
震えは、押し殺す。
「芹沢さん、早まらないでください。言わないとは言っていませんよ」
「言うつもりはないんじゃろ?」
「いいえ、私の予想と違うようにこれから先動けば言うつもりです」
「やはり言うつもりはないんじゃな!」
「違います! ……ただ斎藤さんを置いて行ってください! それだけでいいんです! それだけで──」
「なんじゃ? わしには言えぬことなんじゃろ?」
芹沢が振りかざした鉄扇に、詩織は目をつぶった。
言ってはいけないと思っていたことを、自然と叫ぶ。
「……では、今日が無事に終われば斎藤さんを連れて行ってはいけなかった理由を話します! 全部は言えませんが、未来のことを話しましょう!」
「宮野! それはおまえがやりたくない──」
「いいんです。いずれ来ると思っていました。それが、かなり早まっただけですから」
振り返った驚いた顔の斎藤さんに、詩織は悲しそうに笑う。
私が未来を知らせたくなかった、なんて斎藤さんには直接言っていない。
けれども、前に話してしまった沖田さんや藤堂さんから話を聞いていたのかもしれない。
それでスムーズに話が行くなら広まっていても良いと思えた。
だけど、未来を変えると分かっていても亡くなってしまう人をそのまま見殺しにすることはしたくなかった。
一回だけ、歴史を変えてみようと思う。
私が動くことで未来にどんな影響を出すか、それを確かめるためのたったの一回だと言い聞かせる。
「とにかく、今日が無事に終わればいいんです! それが……私が思う良い未来になるんです。その為でしたら未来を知られることは…悪くないと思うんです」
そう、信じたいんです。
その言葉は呑み込んだ。
未来を知れるからか機嫌がなおった芹沢に、詩織はホッと胸をなでおろした。
ようやく斎藤さんを置いて出かけていってくれる芹沢さんを見て、芹沢さんには荒れる前までのことを話そうと決める。
それ以上は譲れない。
絶対に言わない。
斎藤さんと一緒に、玄関まで芹沢さんたちをお見送りする。
「いってらっしゃいませ」
「あぁ、小娘。あとで楽しみに待っているぞ!」
「…はい」
気分が重いのは気のせいだと、何度も心の中で繰り返した。