口の悪い、彼は。
パラパラと伝票や契約書をめくっていると“テトラ産業”という名前が見えて、私は目を見開いてしまった。
「嘘!喜多村さん、テトラ産業って、あの?」
「おー、やっと落とせたんだ。まだ“とりあえず少し入れてみる”程度だから、数は出てないけど」
「いやいやいや!すごいですよ~!おめでとうございます!」
「ありがと。高橋にそう言ってもらえると嬉しいな」
「!」
ぽんっと喜多村さんの手が私の頭に乗る。
ぐりぐりと私の頭を撫でてくる喜多村さんを見上げると嬉しそうに笑っていて、私もつられて笑顔になった。
テトラ産業は有名ブランドの時計を主に卸売りしている企業で、海外にも支店がたくさんあることから、そこに参入することは難しいと時計業界では有名なのだ。
月1の営業会議には私も参加するんだけど、部長が喜多村さんにプレッシャーを掛けている光景を何ヵ月にも渡って見てきたから自分のことのように嬉しくなった。
きっとこれでうちの会社の名前ももっと名前が広がっていくだろう。
「いつか喜多村さんの作った時計も扱ってもらえるといいですね」
「夢のまた夢だなー。でも、頑張るよ。高橋のためにもな」
「また、そんなことを~。高橋違いでしょ」
「違くねぇよ?ほら、近いうちに家族になるんだし。な?」
「えっ!?そ、それって」
「詳しくは今度な」
「えーっ!楽しみにしてますっ」
「うん」
喜多村さんは嬉しそうな満面の笑みを浮かべたまま、ひらひらと手を振って去っていく。
喜多村さんから思わぬ発言が出てきて、ついテンションが上がってしまった。
「近いうちに家族になる」ってことはきっと、お姉ちゃんについにプロポーズしてOKもらったんだ!
ヤバいヤバい!
ドキドキしちゃうよー!
結婚式はいつかな?、ウェディングドレス姿のお姉ちゃんは絶対に綺麗だ!、と妄想が爆走しそうになったけど、まだ仕事中だったことを思い出して、慌てて急ブレーキをかける。
叫びたい気持ちを抑えて、ほくほくと熱くなった頬を両手でぽんぽんと叩いて私は再びパソコンに向かい始めた。