口の悪い、彼は。
……千尋は比奈子さんに一度も好きだと言ったことがない?
比奈子さんには優しくしてたっていうから、てっきり気持ちも全部さらけ出しているものかと思っていたのに。
「好きっていう言葉はなかったけど、真野くんは優しくしてくれたしすごく大事にしてくれた。外にいる時とふたりでいる時とではまるで別人みたいだったけど、それが彼女の特権だと思えてたし、私を傷付けるようなことも言葉を言うことも絶対になかった」
幸せそうに笑う比奈子さんを羨ましいと思ってしまう。
「真野くんと一緒にいれることが幸せで、ずっとこの時間が続けばいいなと思ってた。大学生だったけど、私は真野くんとの将来を考えたこともあったの」
「!」
「……でもね、ある時気付いたの」
比奈子さんの表情が、柔らかい笑みから再びどこか悲しそうな笑みに変わる。
「真野くんは自分の気持ちを閉じ込めてるんじゃないかって。私には心をさらけ出してくれていないんじゃないかって気付いたの。何かを決める時も必ず私の気持ちを優先してくれて、私が悩んで決められない時だけは真野くんがこうしようかって決めてくれて。私の望んだことと真野くんの望んだことが違っていても、彼は私の望む方を受け入れてくれてた。そういうところが優しさなんだなと思ってたけど……そうじゃなかったんだよね。彼は自分の気持ちを抑えて、我慢していたんだから。そのことに気付いてからは、“思ったことは何でも言って欲しい”って何度も伝えたけど、真野くんの態度はあまり変わらなかった」
「……」
「どんなに優しくしてくれても、本心を見せてくれないのは寂しかったし、それが真野くんの恋愛の仕方だったのかもしれないけど、このままだと真野くんは真野くんでいられなくなるって思った。その証拠に外ではバンバン意見を言う人なのに、ふたりでいる時は口数も少なかったから。だから、付き合ってから丸3年経ったくらいかな。私から別れを切り出したの」
……全く想像がつかなかった。
千尋が自分の気持ちを抑えたり、口数が少ないなんてこと。