口の悪い、彼は。
 

「そう言ってもらえて安心しました。……高橋のこと、泣かさないでくださいね」


自然と出てきた言葉だった。

上司……しかも、誰もが恐れるあの真野部長にこんなことをえらそうに言うなんて、後で後悔するかもしれないけど、言わずにはいられなかった。


「……それは時と場合によるな」

「!」

「だが安心しておけ。少なくとも俺からどうこうするつもりはないし、変わる気もない。あいつが泣くとしたら、それはあいつが勝手に俺のことを嫌になった時だけだ。結果的に俺が泣かせたことにはなるんだろうけどな」

「……」

「泣くも別れるも、小春の気持ちの変化次第だ。俺の気持ちは変わらない」


『高橋に男ができたら見極めてやるからな!』……そんな風に高橋には言ってきたけど。

すげぇな、高橋。

はっきりとした言葉はないけど、部長はちゃんと高橋のことを真剣に考えてるし、想ってる。

あれだけ社内で怒られてるっていうのに、何で高橋は部長と付き合ってるんだろうと思ってたけど……ちゃんと中身を見てたってことなんだな。

ふわふわしてるように見えて、男を見る目あるじゃん。


「はぁ。ったく、揃いも揃って余計なことを言わせやがって」

「!」

「お前らはタチが悪いな」

「……もしかして、何か、気に障りました……?」

「はぁ」


部長は俺のことを一瞥し、大きなため息をついて部屋の中に入っていく。

俺は自分の言った言葉に対して部長が怒ってしまったのかもしれないと、呆然とその後ろ姿を見ることしかできなかった。

やべぇ、マジで怒らせた……?

ヒヤヒヤしながら、でも追いかけることもできずに部屋の中に入った部長を見ていると、部長は高橋に近付いて話し掛けた。

高橋は立ち上がり部長に向かって笑顔を向けるけど、部長が口を開いてポツリと何かを言うと、高橋の表情に寂しさが浮かぶ。

もしかしたら「帰る」と言ったのかもしれない。

そう予想していると、部長の手がぽんっと高橋の頭の上に乗り、高橋は部長の服をつんと掴み、こくっと頷いた。

ふたりが話している光景は会社で見慣れているはずだけど、全く違う光景のように感じた。

……そこにいるのは紛れもなく、“恋人同士”だったから。

 
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