口の悪い、彼は。
そのまま部長のことを見ていたかったのに、ドン!と視界に入ってきたのは喜多村さんの顔だった。
「!!」
「高橋?ぼーっとしてんな?どうした?具合でも悪い?」
「い、いやっ、別に!っていうか、重いのでそろそろ手を離してください。仕事しなきゃ」
「まだやんの?残業はほどほどにしろよー。俺が怒られる」
「あっ、ごめんなさい。お姉ちゃんですよね?お姉ちゃんと違って私はとろいから少しの残業は仕方ないことなんだよ、って言ってるんですけどねぇ。もっとシャキシャキ動ければいいんでしょうけど、なかなかうまくいきません」
「高橋はそこがいいんじゃん。俺、好きだよ」
この会話だけ聞かれると誤解されそうな喜多村さんの台詞に、私は少しだけ焦った。
しかも相手は女を口説き落とすのに十分なイケメン過ぎるにっこりとした笑顔を私に向けているのだ。
「……その台詞は然るべき相手にどうぞ」
「然るべき相手だろ?」
「いや、ちょっと違う気がしますけど」
「え、嘘」
わからん、と喜多村さんは首を傾げて、「まぁ、程々にな」という労いの言葉を残して、ようやく私から離れていってくれた。
その後ろ姿を少し見送った後に部長の方を見たけど、すでにその視線は私には向いていなかった。
また部長と目が合うんじゃないかと少しだけ期待をしてしまった自分をバカだなぁと思う。
片想いなんだもん。そんなものだよね。
私は小さくため息をついて、再びパソコンに向かい始める。
今日はたぶん、1時間くらいの残業で済みそうだ。