口の悪い、彼は。
真野部長と社長は昔からの知り合いらしく、部長はいつも社長のことを“あいつ”呼ばわりだ。
知り合いとは言っても歳は5つ以上は離れているらしいんだけど、お互いに信頼しあっているのは確かに端から見てもわかるし、だからこそ吐き出される言葉なのかもしれない。
……たぶん。
たまに、この営業部にも社長がひょっこり顔を出しては雑談をして去っていくくらい、社長も営業部に馴染んでいるからあながちその関係は間違ってはいないとは思う。
でも相手はトップなんだし、もう少し柔らかくした方がいいんじゃないかと思うんだけど……。
私はふぅと息をつき、定時までは後少しだし集中して打ち込みをさっさと終わらせよう、とキーボードを叩く指を再度動かし始めた時、男の人の手と何も書かれていない伝票がすっと視界に入ってきた。
「!」
「高橋(たかはし)。お疲れ」
「あ、喜多村(きたむら)さん。お疲れ様です。どうかされました?」
周りを窺っているような雰囲気でこそっと声を掛けてきたのは、さっきコーヒーを溢しそうになっていた喜多村さんだ。
喜多村さんはバリバリの営業マンで成績も先輩方に劣らないくらい優秀で忙しい人なのに、私みたいな事務の人間にも気を配ってくれる頼りになる先輩。
真野部長とはまったく正反対のタイプの笑顔で全てを包み込んでくれるようなイケメンで、女の園と呼ばれているユーザーサポート部(いわゆるテレフォンオペレーターだ)でも大人気らしい。
……女の園で人気があるのは、営業部以外の人には“ツンツンリーマン”だとあまり知られていない真野部長もらしいんだけど。
喜多村さんが私にこうやって声を掛けてくるのは珍しいことではないけど、まっさらな伝票をわざわざ渡しにきたことに何か意味があるのではないだろうか。
何かあったのかな、と私は首を傾げた。