口の悪い、彼は。
「わかりました。仕事に戻ります……」
「はぁ。ったく、お前はバカみたいにとろいかと思えば……はぁ」
「へ?」
「いい。さっさと戻れ」
しっしっ、とまるでゴキブリを追い払うように手を振られ、私はついぶぅと頬を膨らませてしまう。
興味を持たれてないことくらい十分わかってるけど……追い払うみたいにしなくてもいいのに。
さすがに傷付くよ。
口の中の空気を左右に動かして、ぷりぷりと左右の頬を膨らませたりしぼませたりしていると。
「……ふ」
「……!?」
ほんの一瞬のことだった。
一瞬だけ、部長の周りの空気が変わった。
ま、待って。
今……?
もしかしたら幻だったのかもしれないけど……。
でも。……笑った……?
今、部長……笑ったよね……!?
部長の口元には煙草を持つ手が当てられていてはっきりとは見えなかったけど……手の隙間からその唇が弧を描いていたように見えたのだ。
私は膨らませていた両頬をぷすんとしぼませて口を開く。
「ぶ、部長。今……」
「あ?まだ何かあんのか」
「!」
目線を私に向けてきてそう言った口元には笑みなんてものは一切なく、目に映る部長の表情は私のことを邪魔だと言っているようなものでしかなかった。
「……いえ、何でも」
部長の態度に、やっぱり私は部長に近付くことなんて許されないんだなぁと思うと、悲しくなってしまった。
でもそれとともに、おこがましいとは思うけど、部長のいろんな面を知ったり、笑顔が本当に見たいという気持ちが一気に膨らんだ。
部長はきっと、全く笑わないわけじゃない。
普通に笑ったりもするんだ。
……部長が笑顔を見せる相手は……やっぱり、特別な人にだけなのかな?
私はそんな疑問を持ちながら、部長に「先に戻ります」と伝えてその場をあとにした。