口の悪い、彼は。
「いや、部長荒れてっからさ。高橋に“緊急出動”を頼もうと思って」
「へ?緊急出動、ですか?」
「うん。今日取引先からちょうどタイミングよく“アレ”もらってきたんだ。部長に持っていったら荒れてるのも少しはマシになるんじゃね?と思って」
「あっ、そういうことですね!それは助かります。じゃあ、責任持って“緊急出動要請”承ります!」
びしっと私が片手をおでこに当てて敬礼する仕草をすると、喜多村さんも同じように片手をおでこに当て、キリッとした表情を浮かべる。
「あぁ。頼んだぞ、高橋君!……くくっ。あ、“アレ”は給茶機のところに置いてあるから、とばっちり来る前に早めによろしく~」
「はーい。了解です」
喜多村さんが笑顔で手をひらひらと振って去って行くのを見送った後、まだツンツンモードでキーボードを連打する部長を横目に、私は給茶機の方へ向かった。
カップを手に取りコーヒーのボタンを押し、注がれるのを待っている間に給茶機の横に置かれてあった桜が描かれた和風の箱をパコッと開ける。
……部長の機嫌を直すためのアイテムは、ブラックコーヒー、そして、これ……“あんみつ屋”の“あんみつ饅頭”。
白い皮に桜模様の焼き印が押された一口サイズの甘いあんこの入った饅頭なんだけど、お茶ではなくてコーヒーが合うお菓子だ。
このお菓子が部長のお気に入りだということはこの部署に来てから、仕事を教えてくれていた先輩にすぐに知らされた。
機嫌の悪い時にはこれを持っていけば、少しばかり落ち着くのだと。
ツンツン部長に近付くのは怖いからと、みんなはあんみつ饅頭を部長に持っていくのには積極的ではなくて、ある時、「私が持っていきます」と言った日から、それは私の役目になっている。