口の悪い、彼は。
 

「さてと。俺、帰ろっかな。高橋はまだ残るのか?」

「はい。もう少しだけ」

「そっか。あんま無理すんなよ」

「大丈夫です。こちらこそ、疲れて戻ってきてるところに余計な心配をお掛けしてすみませんでした」

「俺は何もしてないよ。それに“余計な心配”なんてことはないし」

「……ありがとう、ございます」

「うん。じゃあ、お疲れ様」

「お疲れ様です」


立ち上がった喜多村さんはにっと笑顔を浮かべて私の頭をぽんと撫で、ビジネスバッグをスマートな動作で引っ掴んでオフィスを出て行った。

再びひとりになってしまったオフィスに静寂が戻る。

ふぅと自分を落ち着かせるように息をついて目線を上げると、オフィスにある壁時計が20時半過ぎを差していて、秒針があと15秒ほどで天に向こうとしていた。

……よし。あの秒針が天を向いたら、前に進もう。

いつまでもウジウジしていても仕方ないから。

そう思った時だった。

ガチャっとオフィスの扉が開いた。


「っ!」


ビクッとして壁時計からオフィスの扉の方を振り向くと、部長が怪訝な表情を浮かべてそこに立っていた。


「……高橋、まだいたのか」

「は、はいっ」

「今は忙しい時期じゃねぇだろ。帰れる時はさっさと帰れよ」


はぁとため息をつきながら少し疲れた様子でデスクに向かう部長に、自分のせいで余計な仕事を増やしてしまったんだと、私はそれまで以上にすごく申し訳ない気持ちになった。

ただでさえ、最近はばたついているというのに。

 
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