口の悪い、彼は。
「やっぱりわかってねぇな。はぁ」
「へ?」
「早く来い」
「あっ、はい」
私はすたすたと歩いていく部長の後ろに続く。
部長の背中は大きくて広くて、つい抱きつきたい衝動に駆られてしまった。
部長は、私が滅多に使わないマンションの東側にあるエントランスに入っていく。
働き始めてからずっとこのマンションに住んでいるけど、部屋からも駅からも近いのは西側のエントランスということもあり、東側は一度も足を踏み入れたことはない気がする。
「わ。東側って何か落ち着いた感じがしますね」
「そんなに変わらねぇだろ」
「いやいや、違いますよー。この間接照明とか大人っぽいですし、西側にはこんな照明ありませんもん」
「ふぅん」
「部長は西側はあまり使わないんですか?」
「そうだな」
「あ、そっか。駐車場に行くなら東側が近いですもんね」
だからマンションで部長に会ったこともなかったんだと納得する。
こっちにも郵便受けがあるんだ、と私がキョロキョロとエントランス内を観察していると、部長の声が飛んできた。
「おい。何してる」
「えっ?」
はっと振り返ると、いつの間にか部長はエレベーターに乗り込んでいた。
私も慌ててエレベーターに乗り込む。
「あ、すみません!つい観察しちゃって」
「ったく。高橋お前は本当にとろいな」
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ。」
部長の溜め息と同時にエレベーターが閉まり、上昇を始める。
部長はさくさく行動しない私のことを面倒だと思っているんだろうなと落ち込みながらも、ぼんやりとカウントアップしていく階数表示と目に映る部長の斜め後ろからの姿に、私の心臓の鼓動も速度を上げていくのを感じていた。
会社では何度も同じエレベーターに乗ったことがあるのに、いつもと場所が違うというだけで違う感覚がするなんて不思議だ。
エレベーターはあっという間にある階に到着した。