口の悪い、彼は。
「えっと、岡野さんは用事があるみたいで帰られました」
「は?帰っただと?」
「は、はい……。あの、もしかして岡野さんに何か用事でもあったんですか?」
「いや、ねぇけど。じゃあ、高橋一人で残業してんのか?」
「あ、はい。そうですけど……」
「はぁ?何やってんだよ。まったく」
「!……す、すみません」
明らかに呆れた表情を浮かべられて、私は慌てて謝る。
仕事が遅い!と怒られるかもしれないと思うと、身体が勝手に縮こまりそうになる。
……こ、怖いよ~。
「どれくらいかかるんだ?」
「え?」
「仕事が終わるのにどれくらい時間がかかるんだと聞いてる」
「あっ、えっと……たぶん1時間かからないくらい、ですかね」
「わかった。1時間で終わらせろ。絶対だ。ミスも絶対にすんなよ」
「……は、はい」
1時間かからないと言ったものの本当に1時間で終わるだろうか、と一瞬不安がよぎってしまったけど、部長の言葉に私は頷くことしかできなかった。
何としても終わらせなきゃいけない。
カタカタとキーボードを打つ音がオフィス内に響く。
その音は私の指が奏でるものだけではなく、もうひとりの指……真野部長の指が奏でるものとの2つが重なりあったもの。
資料を置きに来ただけのはずの部長も、パソコンに向かって何かを打ち込んでいるのだ。
……何で帰らないんだろう。
資料置きにきただけなんだよね?
それとも何か急な仕事でも入ったのだろうか。
部長とオフィスにふたりきりなんて怖くて緊張してしまう。
ひとりの方が気が楽なのにな、と私は必死に打ち込み作業をしながらもそんなことを考えていた。