生えてきた男
生えてきた男
 夜8時。

 小堀公園の池に沿って作られたジョギングコース。

 自転車も歩行者も入り込めない、ジョギングをする人々の為だけに用意された専用レーン。

 暗黙のうちに、走るのは反時計回りとされていた。

 たまに逆走して来る初心者には、先輩ランナーの指さしサインが送られる。

 逆方向に走るんだよと。

 俺も、そんなサインを受けた1人だった。

「すみません。走る方向が決まっているとは知りませんでした」

「最初は誰でもそうですよ。走るの、今日が初めてなんですか?」

「ええ」

「そうですか。僕は1年ほど走ってます。ここは、邪魔が入らないからとっても走りやすいんですよ。それじゃ、お先に」

 そういうと、俺よりかなり年上の男は、あっという間に俺の視界から消えた。

 俺も1年間続けたら、あんな風に贅肉の取れた肉体になれるのだろうか。




 そう思いながら、既に3週間が経過した。

 最初は1周1キロのコースを一回りするのにも苦労した。

 デスクワーク中心の仕事で、食事も不規則。

 実家を離れ、独りで生活するようになってからは、体重増加のスピードが更に加速した。

 まもなく90キロに到達しそうな巨体を支える身長は、160センチしかないから非常に不格好だ。

 痩せていた頃はそれなりに見られる顔だったが、今では骨格まで変わってしまったのではないかと思う程変貌していた。

 それが3週間経った今、3周するのが丁度良くなっている。

 2周じゃ足りないし、4周は少しきつい。

 毎日続ける為には、あまり無理はしないでおこう。

 そう結論を出した。

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