それが愛ならかまわない

 笑顔で答えると、彼女は面食らった顔をしつつ先輩らしい忠告を一つくれた。
 嫌味を笑って流すのも仕事の中で覚えた処世術だ。いちいちまともに取り合っていては自分も疲弊するし、人間関係も悪化する。


「大丈夫です!アドレナリン出まくってるんで」


 ローンの返済もあと少しで終わると思えばダブルワークの疲れも吹き飛ぶ。この冬のボーナスを注ぎ込まなくてはいけないけれど、これまでの苦労に比べればそれくらいなんてことはない。仕事もいい風が吹いているし、波に乗っているというのはこういう事を言うんだろう。
 ただ好調というのは永遠に続くわけじゃない。物事には好不調の波があって、その内絶対に逆の周期がやって来る。私だってそれは分かっているから、今のうちに出来るだけの事をしておきたいだけだ。


「下でドリンク買ってくるけど何か要りますか」


 一息入れようと立ち上がりながら周りに声をかけると、色々と銘柄指定で声が飛んで来た。慌てて電話の横に置いたメモ用紙に走り書きでリストを作る。


「あ、篠塚さん。欲しい物あるんで私も一緒に行っていいですか」


 溝口さんが財布を片手に近づいてくる。
 遠回しな言い方だけれど、多分それなりの量になりそうなのを聞いて荷物持ちを買って出てくれたんだと思う。欲しい物があるというのは私に遠慮させない為の気遣いだろう。控えめなのにさり気なく気のつく溝口さんの評判はその真面目な勤務態度と相まってフロア内でもすこぶる良い。
 頼まれた分だけでペットボトルを六本というのは結構な量なので素直に私も頷いた。

< 103 / 290 >

この作品をシェア

pagetop