それが愛ならかまわない

「ああ、よろしく頼むよ」


 精一杯の気力を振り絞って笑顔で御礼を言うと、隣で慌てて溝口さんもペコッと頭を下げた。こちらを見た部長が嬉しそうに目尻を下げる。
 こうして笑って流してさえいればいいんだから、扱い易いとも言える。
 約五分間の愛想笑いとセクハラの不快感の値段、緑茶とミントタブレットで二百八十円。まあ今回は得た物があるだけ普段の様にただベタベタされるよりずっとマシだ。


 荷物があるので帰りは非常階段ではなくエレベーターホールに向かうと、呼び出しボタンに触れた所で椎名が追いついてきた。


「お疲れ」


「……どうも」


 梅田部長の相手で気力を削がれたせいでやたら愛想のない受け答えになってしまったけれど、今更化かし合う必要のある相手でもないのでいい事にする。


「椎名さんっ、さっきは本当にありがとうございました!」


 意識していなくても溝口さんの声のトーンが跳ね上がるのが分かる。
 私が意図的に振り撒く愛想とは全く別種の素直さ。女の私でも可愛いなと思うんだから、男なら安田君みたいなタイプじゃなくても悪い気はしないはずだ。

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