それが愛ならかまわない
「……篠塚さん?どうかしました?」
眉間にしわを寄せてランプを睨んでいた私を不意に溝口さんがのぞき込んできた。
しまった。さすがに全くの無言を貫くのは不自然過ぎた。
「ああいや……困るよね、ああいう時……」
慌てて表情を取り繕う。
ここは一階ロビーのエレベーターホールだ。社内のセクハラについてなんて軽々しく話題にしていい場所じゃないのに、咄嗟にそんな言葉が口をついて出た。おまけに溝口さんはうちの社員じゃない。
その事に気づいて更に焦って辺りを見回したけれど、たまたま周囲に来客の姿はもちろん人の気配がないのは幸いだった。
エレベーター到着の音がして銀色のドアが開いたのでそそくさと乗り込む。
「まあ梅田部長は少しスキンシップの多い人だから。適当に交わしとけばいいけど、もし困った事があったら早めに言ってね」
ドアが閉まるのを確認してから、あえて明るく言う。
協力会社の社員に事業部長がセクハラ行為だなんて追及されたら大問題だ。部長の頭の中には『うちの部署の可愛い女子』くらいの認識しかないだろうけど、その位の線引きはしてもらわないと困る。溝口さんがこれ以上不快な思いをする前に何とかしなくちゃいけない。